
学校教育の問題はニュースで取り上げられる機会が多いですが、その中でも特に近年になって問題視されているのが「教職員の過酷な労働環境」です。この状態は文部科学省「令和5年度 公⽴学校教職員の⼈事⾏政状況調査について」の資料からも明らかで、令和5年度は休職している教員が7,119人に上りました。
かつては人気の職業のひとつだった教職員は、今や人手不足に陥っているという現実があります。このような状況が続くと児童・生徒に十分に接することができなくなり、教育の質が低下することが懸念されます。
そのような状況を防ぐために「教員支援」という形で、教育現場を支援する活動に取り組んでいる団体が茨城県にある「教員支援ネットワークT-KNIT(ティニット)」です。全国でも珍しい教員支援活動に携わっており、教職員の支援や地域と学校の橋渡しなど、教育現場の改善に向けてさまざまな取り組みをしています。
「子どもたちが幸せになるためには、まず身近な大人である先生が幸せでなければならない」そう語るのは、代表理事の塩畑 貴志(しおはた たかし)さんです。今回はT-KNIT代表の塩畑さんに、現在の取り組みや今後教育現場がどのようにあるべきかについて、話を伺いました。
| ▼今回話を伺った人 塩畑 貴志(しおはた たかし)さん 茨城県笠間市出身。 笠間市のICT支援員として2年間にわたり従事した後の2011年に、ボランティアで教員支援活動を開始。 2017年にNPO法人化、文部科学省の『地域とともにある学校づくり推進フォーラム2022』、『地域とともにある学校づくり推進フォーラム2023』の事業を受託。 ITコンサルタント・ブロガー・社会教育士・カウンセラー・コミュニティスペース管理人など、幅広く活動している。 |
「明日聞くからごめん!」のやり取りで知った先生が児童に向き合えていない現実

塩畑さんが教員への支援が必要だと気づいたのは、笠間市の教育委員会でICT支援員(ICT機器の利用をサポートするスタッフ)として携わっていたときのことでした。このときに派遣された学校で、先生が児童と接している場面を見て教育現場に対する危機感を覚えたと言います。
塩畑さん
「笠間市の教育委員会でICT支援員として活動していたとき、とある先生から『Webアンケートの回答が送れない』という相談を受けて、学校へ出向きました。対応中に小学6年生くらいの子がその先生に相談に来たのです。私は「先生、どうぞ優先してください」と促したのですが、その先生は『ごめん、明日聞くから!』と言ってその子を帰してしまったんです。それを聞いた子がとてもしょんぼりしていた姿が忘れられませんでした。
どうして先生はそういう態度を取ったのかな?ってすごいモヤっとしたのです。いろいろ考えていると、恐らく先生自身がすごく忙しくて子どもと十分に向き合う余裕がないのではないか、ということに気づきました」
このことがクレームになったら事実確認のために追加でアンケートを課され、さらに忙しくなって子どもと向き合う時間が取れない悪循環に陥るのではないかと考えた塩畑さん。
今でこそ教職員の過酷な労働環境がメディアによって報じられていますが、塩畑さんがICT支援員として勤めていた当時は、まだ世間では認知されていませんでした。一方の塩畑さんは教職員の過酷な働き方を目の当たりにしてきたため「今の仕事を通して先生を精いっぱいサポートしよう」と決意をします。
しかし、塩畑さんが決意したとき、東日本大震災の復興予算の再編が検討されていました。この災害により政府が「復興予算に充てるために事業を仕分けする」という方針を打ち出し、塩畑さんの仕事は仕分けの対象に。その後、塩畑さんは別の仕事に就きながらボランティアという形で引き続きICT支援に携わります。
しかし、当時の塩畑さんの勤務先は土浦市で、笠間市までの距離は片道40分。報酬はおろか交通費も出ない状況なため、次第に疲弊してしまいます。転職することも考えましたが、ICT支援を事業としている民間企業はありません。
「ないなら自分で作るしかない!」と決意し、2013年にT-KNITの前身となる、個人事業主としての活動を始めます。
「助けるべきは子どもじゃない?」「(その支援で)私たちの仕事増えるんでしょ?」未だに理解されない教員支援

2013年に個人事業主としての活動を開始し、やがて協力者も増えて2017年にはNPO法人を立ち上げたことで、今のT-KNITの形になりました。当時はICT支援や教職員個人へのサポートが中心でしたが、今では地域へ学校教育に対する理解を深める活動にも取り組んでいます。
塩畑さんが活動を開始したしばらく後に、マスメディアなどで「教職員の過酷な労働環境」が報じられるようになり、世間にも広く知れ渡るようになります。そのような社会背景もあり、教員支援の必要性は着実に世間から理解されつつあるものの、道のりはまだまだ遠いと塩畑さんは話します。
塩畑さん
「個人事業主の頃から活動を始めて10年以上が経ちますが、未だに理解されないことは多いですね……。まず、地域の方からは『先生じゃなくて子どもたちを助けるべきでしょ?』『先生を助けると、私たち(地域や保護者)の仕事が増えるじゃん』って言われます。
また、当の先生方からは『今度は別の仕事が増えるんでしょ?だったら必要ないよ』と言われる始末です。
私が活動を始めた当初よりは理解が進んでいる実感はあります。ただ、支援が必要な先生も含めて誤解されている状況です」
地域側が学校の役割を分担することによる本来あるべき姿は、教職員に余裕が生まれ、子どもに向き合う時間が増えることです。そうなれば子どもが元気になり、地域が活性化することにもつながります。このような正の連鎖を実現するために「教育は学校だけが担うものではない」と、塩畑さんは力説します。
地域と学校をつなげる「コミュニティ・スクール」の設立・運営サポート

T-KNITが展開している教員支援の中で、塩畑さんがメインで担当しているのは地域と学校をつなげる支援活動です。地域と学校をつなげる仕組みのひとつが「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」です。
コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)は、学校と地域住民等が力を合わせて学校の運営に取り組むことが可能となる「地域とともにある学校」への転換を図るための有効な仕組みです。コミュニティ・スクールでは、学校運営に地域の声を積極的に生かし、地域と一体となって特色ある学校づくりを進めていくことができます。
引用:コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)|文部科学省
T-KNITでは、コミュニティ・スクールの導入に向けて、地域住民への説明会を開催したり、また導入後のサポートもしています。
コミュニティ・スクールは近年増えつつあるものの、導入までのハードルは高いと塩畑さんは話してくれました。
塩畑さん
「コミュニティ・スクールを導入するとなると、教職員やPTA、教育委員会、地域住民、自治体などなど、さまざまな立場の人たちの理解を得る必要があります。そのため、コミュニティ・スクールに興味関心があっても、負担が大きいからという理由で断念する自治体は少なくありません。
そこで、私たちが関係する人たちを場に集め、コミュニティ・スクールに関する説明会を実施します。単なる説明会で終わらせずに、具体的に何を一緒にやるかまで落とし込み、導入まではもちろん導入後に学校が自走できるまでサポートをしています」

これまでにT-KNITの活動拠点である茨城県を中心に、千葉県や群馬県などでも対応実績があります。
実際にコミュニティ・スクールを取り入れたことで、学校全体の雰囲気が改善した事例も見られたそうです。
100年かけても実現する!地域と学校・教職員をつなげて子どもたちが夢を語れる未来を作る

今回の取材を通して、塩畑さんからは「教員支援によって子どもたちが元気になり、ひいては地域・社会の活性化につながる」と教えていただきました。教職員の労働環境は一昔前よりは改善傾向にあるものの、2025年現在もまだまだ過酷な状態です。
一方で、教員支援への理解はまだ十分とはいえないため、長期的な視点を持って活動に取り組んでいます。
塩畑さん
「教職員個人だけでなく学校・地域にまで働きかけるわけですから、一朝一夕で変わることはありませんよ。なんなら、100年かけてでも実現する覚悟はあります(笑)。
先生が元気になってくれれば子どもも安心できるようになり、学校で元気に過ごせるでしょうから」

塩畑さんが考える理想の教育の姿は、子どもが夢を持ち、語れるようになること。そのためには、子どもたちが身近に接する教職員が希望を持って働いている状態でなければなりません。今後は、子どもはもちろん教職員や地域の人などが「こんなことをやりたい」「こうなりたい」を発表する場を作りたいと語ってくれました。

T-KNITのような教員支援の活動に携わっている団体は、全国を見渡してもほとんどありません。そのため、教職員の労働環境の改善を図るために、T-KNITが担う役割は非常に大きいことでしょう。
子どもは大人の背中を見て育つ。その背中を見て受ける影響は、ポジティブなことはもちろん、ネガティブなことも含まれます。
インタビューを終えて、ひとりの地域の住人として、そしてひとりの父親として、子どもたちが希望を持てるように、筆者自身も希望を持って生きていければ、そう思えました。
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