
「社長や特定の幹部がいなくても後継者へバトンを渡せますか」
そう問いかけるのは、独自のマネジメント理論「識学」を展開する株式会社識学の梶山啓介副社長。
同氏は、属人的な経営から脱却し、後継者が迷わず経営できる仕組みを作ることが事業承継の本質だと語ります。
2026年3月11日、埼玉県さいたま市の武蔵野銀行本店で、「事業承継を成功に導く組織改革」をテーマとして、後継者問題の解決に「識学」を活用するという経営者限定のセミナーが開催されました。
地域企業の経営者支援を目的に開催された同セミナーでは、識学が提唱する事業承継の解決策が示されました。
識学とは

識学は、1990年代に提唱された組織運営理論をベースに、人が物事を認識してから行動するまでの一連のプロセスを細分化し、定義した組織マネジメント理論です。
人は過去の経験や知識に基づいた思考により、個々人で「思考の癖」が生まれます。仕事において特定のタスクに対する認識が個人で異なると、誤解や錯覚によるロスが大きくなり、組織としての成果は十分に発揮されません。
「同じ指示をした二人のスタッフが、まったく違う動きをした。なぜ人は『わかった』と言いながら行動がずれるのか。その間の領域を分解しようと試みたのが識学の出発点です」と梶山氏は説明します。
誤解や錯覚の発生要因を取り除き、組織を発展的にマネジメントする手法である識学は、2026年1月現在で全国に5,000社以上、埼玉県内でも130社以上に導入されています。
なぜ、組織に誤解や錯覚が生まれるのか

人は次の5つのステップを経て行動に至ります。このプロセスのどこかで誤解や錯覚が生じると、組織のなかでさまざまな問題が起きます。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 位置 | 自分が組織のどこに立っているかを認識する |
| 結果 | 達成すべき結果をイメージする |
| 変化 | 位置と結果が定まることで、行動への変化が生まれる |
| 恐怖 | 変化の際に生じるトラウマや不安が行動をためらわせる |
| 目標 | 恐怖を消化し、目標に向けて進む |
誤解や錯覚について、梶山氏は次の例をもとに説明します。
「本来であれば、社員に支払う給与は、お客様へ提供したサービスの対価として会社から支給されます。しかし組織が大きくなるにつれ、社員の中には給料をもらうことが当然となり、それを最優先としたうえで働くという『錯覚』が生じます。狩りで例えるなら、『お腹いっぱいにしてくれたら狩りに出ますよ』という、対価より先に報酬を求める『誤解』が起こるのです」
錯覚や誤解が起きないようにするためには、次の考えに基づいたうえで組織改革を進めるべきだと提唱します。
「社員を責めるのではなく、環境そのものを変えることが必要です。環境を最もコントロールできるのは経営層であるため、識学では経営者へのアプローチを核心に置いて組織改革を進めます」
事業承継に潜む「属人経営」の落とし穴

今回のセミナーで梶山氏が強調したのは、仕組み化における「属人性の排除」です。
先代経営者が強いリーダーシップで組織を牽引してきた企業では、経営判断の基準が先代の頭の中にしかなく、明文化されていないケースが多々あると指摘しています。
「表面上は組織が統制されているようでも、それは先代という個人が『ルール』そのものとなっていたことで成立していたに過ぎません。基準が明文化されていない限り、判断は属人に依存してぶれやすくなり、不安定な組織運営になりがちです」と、そのリスクに触れました。
また梶山氏は、事業承継における本当の問題は次の世代で顕在化すると語ります。
「先代の経営を反面教師にして、次の世代では『これからは皆で話し合って決めよう』と方針転換を図るケースがあります。しかし、そこには責任者が不明確になるという大きなリスクが潜んでいます。一見良さそうに思えますが、実態としては、何も決まらない組織になる可能性が大いにあるのです」
解決策は、先代の頭の中にある基準をルールとして抽出し、人ではなく仕組みに落とし込むことです。明文化された基準をもとに全員が迷わず動ける状態を整えることが、再現性の高い組織への第一歩であると梶山氏は語りました。
【識学流】仕組み化4つのポイント
セミナーでは、後継者が迷わず経営できる組織を作るための具体的な方法として、4つのポイントが紹介されました。
①所属意識を持たせるルール
組織づくりの第一歩は、ルールの明確化です。これは挨拶や時間厳守など、能力や環境に関わらず誰でもできる行動基準を指します。
ルールの基準が曖昧だと、本人は「やっているつもり」となり、会社との間に認識のずれが生じます。識学では、期限と状態を明確にしたルールを「完全結果」と定義しています。
「例えば整理整頓をする場合、『退社時にデスクの上には何も置かない』といった、誰でも〇×で判断できる基準を設けることが重要です。基準を明確にした『完全結果』を社内に周知することで、組織内の誤解や錯覚を最小限に抑えることができます」と梶山氏は説明し、参加者が自社のルールを書き出すワークも実施されました。

②役割を明確化する組織図
2つ目のポイントは、組織図を活用した役割の明確化です。
識学において組織図は、単なる階層図ではなく「誰が自分の評価者か」を明示するツールです。そのため、評価者は必ず一人に限定することを推奨しています。
上司が複数いる状態や、一つの役職に二人の名前が入っているような組織図は、責任の所在を曖昧にし、位置関係の錯覚を生む要因になります。
「全役職者の責任と権限を役割定義表として明文化し、それをベースに評価制度を構築することで、初めて公平な組織運営が可能になる」と、役割を定義する重要性が示されました。
③成長を促す週次管理
3つ目のポイントでは、部下の成長を促す管理方法が挙げられました。
識学では、成長を「できなかったことができるようになること」と定義しています。セミナーでは、そのプロセスを体感するための絵を描くワークが行われました。
手本がない「不明確」な状態より、「明確」な手本と自分の絵を比較して不足を自覚したほうが、行動も絵の精度も飛躍的に高まると参加者の方々も確認しているようでした。
「部下の仕事に対して〇×を明確にし、不足を正しく認識させることが上司の役割です。また、会議は単なる議論の場ではなく、次回までに何を達成するかを互いに確認する『約束の場』と定義します。約束を交わすことで、部下は会議が終わった瞬間から次に向かって迷わず走り出せるようになります」と梶山氏は語ります。
④競争環境
最後に、仕組み化に必要な条件として公平な競争環境の整備が伝えられました。ルールが明確になり、一人ひとりの役割と評価基準が定まると、組織では自然と健全な競争が生まれます。
「近年、多くの人が携帯ゲームに熱中するのは、ルールがシンプルで明確だからです。会社もゲームと同様に公平な評価環境が整えば、社員は自律的に熱意を持って取り組むようになります」
梶山氏は「姿勢のルール」「組織図」「週次管理」「競争環境」の4つを積み上げることが、誰が経営を担っても機能する組織の土台につながると力強く説明しました。
参加者との質疑応答で深まる理解

最後は質疑応答の時間が設けられ、参加者から質問が相次ぎました。
Q. ルールを作る際、従業員をどのように関わらせれば良いですか?
A. 現場の状況把握等の情報収集に、従業員を関与させることは重視すべきことだと考えます。しかし、最終的な意思決定は必ず社長や部長といった責任者が行うべきです。責任者は成果に責任を負っているため、現場の意見に引きずられすぎると組織の方向性が安定しません。情報は下から、決定は上からというピラミッド構造を維持することが、風通しの良い組織を作るポイントです。
Q. 1on1ミーティングは情報収集の手段として有効ですか?
A. 1on1は非常に扱いが難しく、注意が必要です。フリートークにすると部下は上司と友人のようなフラットな関係だと錯覚しやすいため、組織内の位置関係が崩れるリスクがあります。もし実施するなら、「3ヶ月に1回、テーマをキャリア相談に絞る」など、目的を明確にデザインして行うべきです。「何を話してもいい場」にするのは避けてください。
質疑応答を終えた梶山氏は、「本日お伝えした仕組み化のポイントは、理論を理解するだけでなく、実行して初めて意味を持ちます。ぜひ何か一つでも自社に持ち帰り、実践していただければと思います」と参加者に呼びかけ、セミナーを締めくくりました。
識学が示す、事業承継の新しい答え
これまで識学を導入した企業の約85%が従業員50名以下の中小企業で占められており、属人性が強いと思われる経営組織ほど、仕組み化による改善効果が大きく見込める、と梶山氏は言います。
しかし、理論を理解しても「社員が辞めるのが怖い」「強く言えない」といった経営者の心理的ハードルが改革の最大の壁になるとも指摘しています。後継者が迷わず経営できる組織に変革できるかどうかは、属人性を排除し、仕組み化を推進する覚悟が決め手になるようです。
事業承継や組織改革に悩む企業にとって、識学の視点は強固な組織作りの有効な糸口になるかもしれません。
登壇者プロフィール

梶山 啓介(かじやま けいすけ) 氏
株式会社識学 取締役副社長
1981年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、シティバンク銀行株式会社に入行。その後、株式会社エッジコネクションを設立し同社副社長に就任。さまざまな規模・業種の営業支援や組織立ち上げを経験するなかで識学の理論に出会い、自社への導入効果と再現性の高さを確信。識学設立と同時に取締役として参画し、現在は取締役副社長を務める。
会社情報
株式会社識学(SHIKIGAKU. Co., Ltd.)
〒141-0032 東京都品川区大崎2-9-3 大崎ウエストシティビル1階
公式HP:https://corp.shikigaku.jp/
株式会社ぶぎん地域経済研究所
〒330-0854 埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-10-8 武蔵野銀行本店ビル7階
公式HP:https://www.bugin-eri.co.jp/




