商店街をもっと元気にしたいが、何をすればいいのか分からないという地域は多いのではないでしょうか。そんな中で、栃木市の小さな商店街「ミツワ通り」は、一つの希望になるかもしれません。
ミツワ通りでは、2022年から商店街を舞台に、20台以上のキッチンカーが集まる「ミツワキッチンカー通り」をはじめさまざまなイベントを開催。市内外から多くの人が訪れる人気イベントに育てることで、地域の活性化につなげようとしています。
ミツワ通り共栄会のイベント実行委員長・時田一葉(いちは)さんに、「ミツワキッチンカー通り」誕生の背景を伺いました。

| <今回お話を伺った人> 時田一葉さん ミツワ通り共栄会イベント実行委員長 東京都出身、小学生の時に栃木市に移住。結婚後、2021年にミツワ通りに移り、夫と共にウイスキーバー「Boozer’s Tee/Tee」を営む。2児の子育てと店の切り盛りに加え、ミツワ通りのイベント実行委員長として、イベントの立ち上げ・運営・更なる充実に日々奔走する。 |

始まりは1杯の生ビールから

時田さんは、ミツワ通りで生まれ育ったわけではありません。結婚後、義母が営んでいた店舗を引き継ぎ、2021年に夫婦でウイスキーバー「Boozer’s Tee/Tee」をオープンしたことで、ミツワ通りの一員になりました。
イベントに関わるようになったのは2022年6月。市内のイベントに出店したミツワ通り共栄会メンバーに、「反省会に顔を出してくれないか」と誘われたのがきっかけです。
「実は、ミツワ通りの皆さんときちんと顔を合わせて話したのはその時が初めてでした。私も偶然同じイベントに遊びに行っていたのもあって、誘ってくれたんですね。
イベントの日は涼しかったのに、ミツワ通りのテントでは生ビールを販売して、まあ…売れていませんでした。それがどうにも気になって、真っ先に『どうして暑くもないのに生ビールの販売を?』と聞いたら、『他になかった』というんです」
「キッチンカーはどう?」からすべてが動き出した
よくよく聞いてみれば、「ミツワ通りとして何かしたいが、何をすればいいか分からない。だからまず、イベントで生ビールを売ってみた」とのこと。そこで、時田さんは一つの提案をします。
「ミツワ通りには空き地がたくさんあります。また、当時はコロナ禍で丁度キッチンカー需要が増えている時でした。私自身も知り合いのキッチンカーで買い物することもあり、以前から夫とミツワ通りにもキッチンカーを置けたらいいねという話をしていたところだったんです。だから、『なら、キッチンカーを呼ぶのはどうだろう?』と」
話しはトントン拍子に進み、その場で「ミツワキッチンカー通り」の開催が決定。年内中の開催を目標に準備をすることになりました。
なぜすぐに開催が決まったのか?
ミツワ通り共栄会のメンバーは70代、80代が中心。キッチンカーに馴染みのない人も多く、「チキンの車?」と誤解する人もいたそうです。そうなると反対意見が出そうなもの。それでも、すぐに「やってみよう!」と決まりました。

「ミツワ通りは、今は静かだけれど、昔は連日大勢の人で賑わう栃木市のメイン通りの一つでした。今現役で頑張ってくれている70代、80代の方たちは、そのイケイケの時代を肌で知っているから、やる気スイッチが入りやすいんです。
市内のイベントに出店したのも、ドラマ撮影の舞台になった際に『昭和レトロ感がすごくいい』と褒められたことがきっかけだったみたいなんですね」
後に、ミツワキッチンカー通りの目玉の一つになった「チンドン屋を呼ぶ」というアイデアも、ミツワ通り共栄会メンバーから出てきたものだそう。平成生まれの時田さんは、そもそもチンドン屋を知らなかったといいます。
世代を超えた一致協力の下、イベントの準備は進められていきました。

無我夢中で実現した「第一回ミツワキッチンカー通り」
ただ、「第一回ミツワキッチンカー通り」がスムーズに開催できたかというと、そうでもありません。困難は思わぬところからやって来ました。
栃木市では、8月の第一日曜日、ミツワ通りの傍を流れる巴波川(うずまがわ)で「百八灯流し(ひゃくはっとうながし)」という伝統行事が行われます。第一回ミツワキッチンカー通りを、人出が見込めるこの行事に合わせて開催できないか?という話になったのです。

この時、既に6月も後半。開催まで後1カ月と少ししかないのに、決まっているのは“キッチンカーを空き地に置こう”だけ。実行委員長を任された時田さんは、そこからは、「まさに怒涛の1カ月だった」と振り返ります。
迎えたイベント当日。結果は?
あちこち駆け回って約10台のキッチンカーを集め、イベントの告知ができた時には、開催まで残り1カ月を切っていたとのこと。
複数の空き地にキッチンカーを配置し、飲食スペースも用意したものの、本当にお客さんは来てくれるのか、来てくれたキッチンカーは十分な売り上げを出せるのか…と不安は尽きません。
そうして迎えた当日。
いざ蓋を開けてみれば大盛況で、第一回ミツワキッチンカー通りは成功に終わりました。

「必死すぎて当時のことはあまり覚えていない」という時田さんですが、鮮明に覚えていることもあるといいます。
「おばちゃんたちが、涙を拭いながら『昔のミツワ通りみたい』、『すごいね』と何人も言ってきてくれて。その時心から、『あー、やってよかった』と思いましたね」
トライ&エラー繰り返しながら理想のイベントの形を模索
この成功を街の活性化につなげるにはどうすればいいのか。悩んだ末に時田さんが選んだのは、まずやってみることでした。
「とにかく、『ミツワ通りが何かやり始めたぞ!』とのインパクトを与えたくて、4カ月連続で、第一回と同規模のイベントを開催しました。三回目の10月は、近隣のイベント『とちぎ蚤の市』と日程を合わせて、初めての同日開催。今思えば無謀でしたが、この連続開催はとても勉強になったと思います」



キッチンカー10台規模で毎月開催された第二回~第四回のポスター(画像提供:時田さん)
自身のイベント開催と並行して、イベント運営の勉強とキッチンカーのスカウトを兼ねて、月一回は人の集まるイベントに参加。商工会議所の助けを借りてイベント開催のノウハウも学び、トライ&エラーを繰り返しながら、「ミツワ通りに合うイベントの形とは?」を固めていきました。
試行錯誤の中で、年明け2023年からは、月一で3〜4台のキッチンカーを呼ぶ小規模なイベントとして実施。GWには再び「とちぎ蚤の市」と同日開催で「ミツワキッチンカー通り」を開催。増えた来場者の安全のため、この回から歩行者天国での開催になりました。
賑わいを生む仕掛け「近隣イベントとの同日開催」
近隣のイベントとの同日開催については、「イベントが被るとお客さんの取り合いになる」と苦言を呈されることも多かったそうです。しかし時田さんは、お互いのためになるとの確信を持って、最初から他のイベントとの同日開催を積極的に進めてきました。
「同日開催の方が客足も安定すると思いますし、イベントの開催場所が歩いていける距離ならお客さんも歩いてくれます。それに栃木市は、歩かないといい所が見えてこない街。その確信があったので、最初から積極的に合わせていきました。通称『ミツワハイエナ作戦』です(笑)」
2026年春はダックレースともコラボ
2024年頃には、多くの来場が期待できる春・夏・秋の年3回、ミツワ通り一帯を使ったイベントを開催するスタイルを確立。回を重ねる中で来場者が増え、キッチンカーが増え、パフォーマーが加わり、出店テントも増えて、「ミツワキッチンカー通り」は、栃木市の人気イベントとして定着していきます。

GW開催のミツワキッチンカー通りは、ミツワ通りにある塩庚申(しおこうしん)神社のお祭り「庚申祭」とコラボ。2026年春は、「とちぎ蚤の市」と同日開催、「庚申祭」とのコラボに加えて、近隣で5年ぶりに開催されたダックレースイベント「第4回 とちぎダックレース」ともコラボしての開催でした。
筆者も現地にいましたが、当日は、ミツワキッチンカー通り史上一番の人出ではと思える大盛況で、イベント会場内は、すれ違うのに苦労するぐらい大勢の人で賑わっていました。

イベントの開催でミツワ通りはどう変わったのか?
2026年現在、ミツワ通りでは、大型イベントとして、GWと8月、10月に「ミツワキッチンカー通り」を開催。加えて、ミツワ通りの老舗銭湯「玉川の湯(金魚湯)」横に毎月26日(風呂の日)にキッチンカーが出店する「風呂の日とキッチンカー」や夏季のプチビアガーデン、正月の餅つきなどのミニイベントもいくつか開催しています。

「ミツワキッチンカー通り」が人気イベントになった今も、外から見るミツワ通りの姿には大きな変化はありません。ただ、商店街のメンバーには確実に変化があったと時田さんはいいます。
「イベントを始めたことで近所付き合いが増えて、みんなが外に出てくるようになりました。ミツワ通り共栄会メンバーは、もともとみんな顔見知りですが、お互いをより知ることができて仲良くなったみたいです。みんな口にするのは『すごく楽しくなった』ということ。昔の賑やかさが戻ったわけではないけれど、ミツワ通り共栄会の士気はすごく上がっていると思います」

ミツワ通り共栄会
住所:栃木県栃木市 室町付近
アクセス:栃木駅より500m 徒歩で約8分
近くの駐車場・旧警察署敷地臨時駐車場(無料)/うずま公園駐車場(無料スペースあり)
公式ホームページ:https://mitsuwadohri-kyoueikai.com/




