大阪府八尾市に、半世紀にわたって外国にルーツを持つ子どもたちの居場所であり続けてきたNPO法人があります。その名は「トッカビ」。1974年、地域の在日コリアンの中学生を集めた勉強会から始まり、約50年の歴史を重ねてきました。
孫 弘樹(そん・ほんす)さんは「トッカビ」に学生時代から関わり続けて30年。現在は、Web関連事業などを本業とし、「トッカビ」の理事として運営面をサポートしています。
「絶対にバレたらあかん」必死に隠した自分のルーツ

孫さんの父は在日韓国人、母は日本人です。
孫さんは大学生まで、自分が韓国にルーツを持っていることを、誰にも知られないように生きてきました。高校卒業するまでは韓国名ではなく、日本名を名乗っていました。
「中学までは、絶対バレたらあかん!って思ってたんです」
当時の自分を、孫さんは振り返ります。
「物心ついたときから中学生まで『僕は日本人だ』と思い込みたかった。当時、韓国というのは、あんまり良いイメージではなかったからです。韓国人と知られたら、いじめの対象になるんじゃないか、今まで付き合ってきた友達が離れていくんじゃないか。そんな不安を抱えていました」
そんな孫さんが、自分の出自を明かしたのは高校生のときでした。
孫さんが通う高校には「朝鮮文化研究会」という、在日コリアンの子どもたちが集まって活動するサークルがありました。日本名とはいえ、顧問の先生は国籍で把握されているので、サークルへの勧誘が始まりました。
ある日、「朝鮮文化研究会」に所属する先輩が、孫さんの教室にやってきました。
「先輩が僕の机の上に、朝鮮文化研究会の広報誌を置いて、帰っていくんです。僕はバレたらあかんと思って、必死に広報誌を隠すんですけど……でも、やっぱり興味はあるんですよね」
自分が韓国人ということを隠しながらも、「近くに自分と同じルーツを持つ人がいる」と知ったことで、孫さんの気持ちが少しずつ変わってきたといいます。
高校卒業後、孫さんは大学へ進みます。そして子どもの頃からずっと隠し続けてきた韓国名「孫 弘樹(そんほんす)」を、自分の名前として名乗りはじめました。
「自分のルーツは出してもいい」と子どもたちに伝えたかった

孫さんが大学に通い始めると在日コリアンの教育を考える「在日朝鮮人教育研究会」というサークルのメンバーが声をかけてきました。
その誘いをきっかけに、在日コリアンの活動に関わり始めた孫さんは、夏休みのサークル活動の一環として初めて「トッカビ」の現場を訪れました。
当時の「トッカビ」は、「トッカビ子ども会」と呼ばれ、在日コリアンの子どもたちが利用できる学童保育のような支援活動を行っていました。
「こんなことをやっている団体があるんだ」と感銘を受けたといいます。
その後、孫さんは「トッカビ」のボランティアやアルバイトスタッフとして長期的に関わっていくことになります。
孫さんは大学を卒業したあと、小学校教員として働き始めます。
実は孫さんが小学校の教員を志したのには、はっきりとした理由があったと話してくれました。
「自分が在日コリアンで、小学校、中学校と、隠しながらモヤモヤしながら生きてきた。でも『もう隠さなくてもいいやん』って、高校の3年間で少しずつ思えるようになって。だったら、子どもが小さいうちから、身近なところに韓国人がいるということを見せられたらいいなと思ったんです」
自分が韓国人であることを隠さず、ありのままに教壇に立つ。その姿が、日本以外のルーツを持つ子どもたちへの「隠さなくてもいい」というメッセージになる、と考えたのです。
否定されない場所が、子どもを変えていく

孫さんが「トッカビ」に関わり続けて30年間、子どもたちの変化を間近で見てきました。
在日コリアンの子どもたちが「トッカビ」を心の拠り所にする理由は「自分の韓国というルーツを肯定的に受け止めてほしい」という思いがあるからだといいます。
「学校や一般社会では、あからさまに否定されることはなくても、積極的に肯定されることもありません。『肯定も否定もされない』という環境は、いつのまにか子ども自身の中で、否定的な感情として溜まっていきます」
だからこそ「トッカビ」のように、明確に肯定される場所が必要、というのが孫さんの実感です。
スタッフが韓国名のまま働いている。韓国の名前で呼んでもらえる。韓国の楽器を一緒に習い、韓国の遊びをして「おもろいよね」と笑い合う。
その一つひとつが「あなたのルーツは肯定されている」というメッセージになります。

学校では日本名、「トッカビ」では韓国名。両方を行き来するうちに、どちらの名前も自分のアイデンティティだと思えるようになっていく子どもたちを、孫さんは近くで見てきました。
孫さんが一番うれしいことは、卒業生が大きくなってから当時のことを振り返って「そういえば、昔はそんな悩みもあったなぁ」と笑って懐かしんでくれることだといいます。
「トッカビ」を通じて、子どもたちに自信をもって成長してほしいという思いで、孫さんは活動を続けています。
「分ける」のではなく、まず安心できる土台を

ここで、ひとつの疑問がわいてきます。
「お互いの文化を知り合う多文化共生をめざすなら、いっそ日本の子どもたちも一緒に受け入れて、子どものうちから多文化で過ごせばよいのでは?」そう尋ねると、孫さんはこう答えてくれました。
「ルーツを持っている子たちが『まだ自分自身で否定的な思いをしている』という実態があるからです。そういう子たちにとっては『同じルーツを持つ人同士が、感情や感覚を共有できる場所』がとても大切です」
まず、最初に自分のルーツを否定せずにいられる土台があること。その土台があって初めて、外へ出ていける。その順序が大切なのだと孫さんは言います。
地域には、日本人も外国人も入れるクラブやサークルもあります。例えば、学校で行う「民族クラブ」は、希望すれば国籍関係なく誰でも入れて、お互い文化を学びます。
孫さんは、子どものアイデンティティの確立が最も大切と話したうえで、「トッカビ」のように外国にルーツを持つ子どもたちだけが集まる場所も、これからは時代とともに変化していくだろうと語っています。
「最近、メキシコで日本にルーツを持つ子どもの教育事業をしている人と話す機会がありました。そこで『心が日本人の子』、つまり日本の文化に興味のある子も受け入れていると聞いて思ったんです。国籍といったルーツにとらわれず、興味関心という精神的な繋がりを軸にできるんだと思ってハッとしましたね」
まず「安心できる土台」を作るために、同じルーツの子が集まる場所がある。半世紀続いてきた「トッカビ」の活動は、これからも変化を続けて、地域の子どもたちを支えていくことでしょう。
「今、通う子の多くは、韓国ルーツではない」それでもサポートを続ける理由

孫さんの「トッカビ」での活動は、順風満帆だったわけではありません。
在日コリアンに向けたヘイトスピーチやヘイトクライムが、ネット上で一気に激化した時期がありました。
「日本に外国人いらんやんけ、みたいな空気が、ぐっと盛り上がって…… 」苦しい時期だったと孫さんは言います。
活動の場所そのものを失いかけたこともありました。長く拠点にしていた場所からの立ち退きを迫られ、保護者や子どもたちが声を上げて、なんとか今の場所へ移ることができたといいます。
そしていま、孫さんが最も気にかけているのが「続けること」の難しさです。
運営に携わるのは、孫さんと同世代か、それより上の人たちばかり。次の世代の担い手はほとんどおらず、資金も安定して得られているわけではありません。
在日コリアンのための「トッカビ」が開設されてから約50年。実は地域に韓国にルーツを持つ子どもが減り、現在では活動の中心が、ベトナムや中国の子どもたちだといいます。
「韓国の子に何かしたい、というよりは『日本の社会を、いろんな文化の人が生きやすい社会にしたい』という思いですね。韓国人でもベトナム人でも、海外にルーツを持つ子どもたちは同じような悩みを抱えているんです」と孫さんは話してくれました。
「トッカビ」をこれからも存続させるために、孫さんはクラウドファンディングにも挑戦しています。地元の企業が地元のNPOを支える関係を作りたいと模索もしています。
「摩擦」が生まれても、解決できる社会へ

孫さんが思い描く社会は、差別や衝突が一切ない理想郷ではありません。
「外国にルーツを持つ人たちは、どうしても生きていく上で『摩擦』はあるだろうから。その『摩擦』が埋もれることなく、ちゃんとコミュニケーションが取れて、いろいろな人が生きやすい社会。そんなイメージですかね」
孫さんが言う「摩擦」とは、外国にルーツがある人たちが日本社会で生きていくなかで直面する、日常的なトラブルから生じる偏見や、制度的な壁による葛藤、お互いの暮らしや事情をよく知らないことによる認識のズレなどを指します。
たとえば、外国人が多く住む団地で、言語サポートがないためにゴミ出しのルールが守られていないトラブルがあったとします。「この人がルールを理解できていない」と見るのではなく、「だから外国人はダメなんだ」「だから韓国人は…」というように、その人のルーツ全体への批判に直結することもあります。
相手をただ否定するのではなく「トラブルが起こらないためにはどうすればよいか」を考える。ゴミ出しのトラブルであれば、ゴミ集積場に多言語でルールを表記することで、改善されることもあるはずです。
そして制度的な壁と、アイデンティティの葛藤もあります。 孫さん自身、採用試験に合格して教員になった当時、「韓国籍だから管理職にはなれない」といった壁が過去にありました。「日本国籍を取れば解決」と割り切れるものでもなく、自分のルーツとどう向き合うかという感情を考える必要も出てきます。
「いろんなルーツの人が、一緒に社会を形作っていることを、子どもたちにも伝えていけたらいいなと思います」孫さんは笑って言いました。

最後に孫さんが、「自分は外国にルーツがあって、なんだか不安だ」と感じている子どもへ、メッセージをくれました。
「『あなたが持っている文化って、すごい楽しいよ』と分かってもらえたらうれしいな。外国につながるルーツを話せる相手がいたら、ぜひ話してみてください。同じように不安を抱えながら、それでも自分を大事にして生きている人は、たくさんいますから」
もしよかったら、八尾市のお祭りにも遊びにきてください、と孫さんは続けました。
「トッカビ」が主催する「八尾国際交流野遊祭」は毎年10月の最後の日曜日に開催されます。毎年約2000人が参加するこのお祭りは、ベトナムの家庭料理や、スリランカ、シリアの人々による食べ物が提供され、外国人団体だけではなく日本の団体も参加しています。
異文化に触れて関わることで、きっと「摩擦」が少しでも少なくなるはず。
「トッカビ」は今日も、不安を抱える誰かに「そのままでいいよ」と声をかけ続けています。
法人概要
NPO「トッカビ」 公式HP
https://tokkabi.org/
特定非営利活動法人 トッカビ
〒581-0081 大阪府八尾市南本町7-6-23




