百済王神社は大阪府枚方市にある神社です。百済王という名前の通り、古代朝鮮・百済王族の末裔を祀るというきわめて珍しい由緒をもつ神社です。百済が滅亡した後、日本に亡命した百済王族がこの地に百済王神社を建立したと言われています。そんな百済王氏の祖霊を祀った百済王神社はどんな神社だったのでしょう?実際に百済王神社に足を運んでみたので、レポートします。
百済王神社で祀られているのは古代朝鮮半島の王族の末裔である百済王氏の祖霊

百済王神社が他の神社と大きく違う点は、祭神は百済国王と牛頭天王で、祀られている祖霊が古代朝鮮半島の王族の末裔である百済王氏だというところです。
唐と新羅の連合軍によって百済は660年に滅ぼされるのですが、その後、663年の白村江の戦いで再興の望みも断たれてしまいます。そんな混乱の中、王族をはじめ、多くの百済人が日本に逃れてくるのですが、その際、彼らの心の拠り所として作られたのが百済王神社です。神社といえば、日本の皇族や土着の神を祀っているものが一般的ですが、百済王神社は、異国の王族の物語を今に伝える神社です。ここから、かつての日本が海外文化と深い交流があったことが感じられますね。
東大寺の大仏の造立は渡来人の力が不可欠だった

百済の人々は、日本の東大寺の大仏の造立に大きな貢献をしたと言われています。百済から渡来した子孫たちが、当時の日本に建造技術を伝え、鋳造の総指揮を執るなど、東大寺の大仏の造立に大きく関わっていたと言われています。また、百済王の子孫も東大寺の大仏の鍍金に不足していた金を補うために黄金を献上したと言われています。そして、このような両国の良好な関係から、現在の枚方市に百済の祖霊を祀る百済王神社が創建されたと言われています。
当時の人々が、それぞれの国を尊重しながら互いに助け合っていた姿が、百済王神社を通じて伝わってきますね。
本殿は奈良の春日大社の本殿を移築

こちらが百済王神社です。鳥居の外は寺院跡が広がっていて、当時の百済王の権力の強さを感じさせます。

こちらは境内の見取り図。境内はそんなに大きくはありません。

こちらが本殿です。こちらの本殿、実は奈良の春日大社の本殿を移築したものです。春日大社では、かつて本殿を建て替える際、旧本殿などを近隣の神社に移築させる「春日移し」という習わしがありました。そして、百済王神社の本殿も「春日移し」です。つまり、百済王氏の祖霊を祀る神社でありながら、奈良の春日大社の本殿を移築した建築を持つという様々な文化が入り混じった神社でもあるのですね。
百済王神社の拝殿にかかるところに、縄のれんのような特徴的なしめ縄がありました。神域と現世を隔てる結界の役割を担っているのでしょう。こちらをくぐって拝殿に行けるようになっています。

こちらは百済王神社境内にある浮島神社です。祭神は高龗神で、雨乞いの神様である竜神として知られています。

その関係からなのか、手水舎には竜がつけられています。

おみくじには花の筒みくじがありました。この花の筒みくじ、和柄の筒の中におみくじがあるのはもちろんですが、水引で作った花も入っているそうです。それぞれの花に願いが込められていて、お守りとして持ち歩けるそうですよ。
百済王神社はいかがでしたか?百済という壮大な歴史を背負いながらも、現在は地元信仰によって大切に守られる産土神としての性格も併せ持っている独特な神社です。色んな国の文化が交差する国際色豊かな神社で、奈良時代の悠久な歴史の風を是非実際に感じてみてください。
百済王神社の詳細情報
住所:〒573-0021 大阪府枚方市中宮西之町1-68
電話番号:072-840-2624
受付時間:9:00~16:00(授与所・御祈祷)
アクセス:京阪交野線・宮之阪駅から徒歩約10分、京阪本線・枚方市駅から京阪バス「中宮病院前」下車、西へ100m




