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アート  |    2025.06.01

今、なぜ古楽なのか|山梨で育まれた36年の響き【山梨県甲府市】

国際古楽コンクール〈山梨〉が、音楽と人をつなぎ続けてきた理由

2024年国際古楽コンクール〈山梨〉より 山梨県立図書館(本選会場)にて

時を越えて響く、古楽の世界へようこそ

私たちがいま「クラシック音楽」として親しんでいる多くは、19世紀から20世紀初頭に生まれたものです。けれど音楽の歴史は、それよりもはるかに長く、広がりのあるものです。

現代の私たちが19世紀の音楽を現代の楽器で演奏するのと同じように、17世紀や18世紀の音楽を当時の様式で奏でることは、音楽の多様な姿を生き生きと伝える営みでもあります。

「国際古楽コンクール〈山梨〉」は、古楽に真摯に向き合い、その魅力を現代に伝える場として、1987年に始まりました。2025年春には、第36回が開催されました。

文化は、どこか特別な場所にあるものではありません。人が暮らし、表現しようとするところに、静かに、そして確かに根づいていくものです。

そんな思いを胸に、古楽コンクールは音楽を「人間の営みの一部」として育ててきました。コンクールの舞台があるこの街にも、音楽を育てる静かな土壌があります。

音楽との出会いに、耳を澄ませて

古楽コンクールを立ち上げ、長年主宰してきた荒川恒子 山梨大学名誉教授

古楽の演奏を聴いていると、音楽の評価軸は「技術」や「完成度」だけではないことに改めて気づかされます。 

演奏者が、どんな思いで音楽と向き合い、どんな道のりを経てその場に立っているのか——そのすべてが、音ににじみ出てくるのです。 

「賞を取ったから偉いのではなく、そこからどんな音楽人生を歩むかが大切なのです」と語るのは、古楽コンクールを立ち上げ、長年主宰してきた荒川恒子先生。

このコンクールでは、演奏の完成度や音楽的理解に対して、専門的で厳正な審査が行われます。 同時に、聴衆も審査員も目の前の音がどれだけ人の心に届いたのかを静かに感じ取り、奏者の真摯な表現に向き合います。

順位だけを競うのではなく、音を通して誰かと出会うような、そんな時間がこの舞台には流れているのです。

演奏を支える、舞台裏の努力

現場の温度や湿度に楽器を十分慣らしたうえで、入念にチェンバロの調律が行われる。甲府商工会議所(予選会場)にて

舞台上で演奏される音楽が美しく響くまでには、多くの人の見えない働きがあります。とりわけ古楽器は繊細で、気温や湿度の影響を受けやすく、丁寧な扱いと調整が欠かせません。

今回の国際古楽コンクール〈山梨〉では、4台の音律やピッチの異なるチェンバロが用意され、曲に応じて使い分けられました。舞台裏では、調律師やスタッフたちが静かに働き続け、聴衆の目に触れないところで演奏を支えています。

「どんなに素晴らしい演奏も、支える人がいてこそ届くものになるのです」と語る荒川先生。
舞台の表と裏。両方が揃って初めて、音楽という時間がかたちになるのです。

魅力あふれる古楽器の世界

フレミッシュ・チェンバロ。響板の装飾も美しい

古楽コンクールの舞台には、ふだん目にする機会の少ない古楽器が登場します。時代の空気をそのまま運んでくるような響きが、聴き手の感覚を静かに揺らします。

たとえばチェンバロは、ピアノとは構造も音の生まれ方も異なり、爪ではじくような繊細な響きが特徴です。装飾が施された美しい外観もまた、チェンバロの大きな魅力です。

さまざまなリコーダーとヴィオラ・ダ・ガンバ(引用元:Wikipedia)

リコーダーは、学校で親しんだ経験のある人も多い楽器ですが、古楽の世界ではその音色の奥行きや表現の幅が存分に生かされます。

ヴィオラ・ダ・ガンバは、脚に挟んで演奏する弦楽器で、語りかけるような柔らかな音が心に残ります。

上から、バロック・オーボエ(古楽のオーボエ)、現代のオーボエ、フラウト・トラヴェルソ(古楽のフルート)、現代のフルート(引用元:Wikipedia)

さらにバロック・オーボエフラウト・トラヴェルソといった木管楽器も用いられ、素朴で温かみのある音色が演奏に時代の表情を添えてくれます。

文化は、続けることで育つ

フレミッシュ・チェンバロ。屋根(蓋)裏には風景画が描かれている

古楽コンクールは、2025年で第36回を迎えました。地元・印傳屋 上原勇七氏をはじめ、多くの関係者のあたたかな支援と協力に支えられながら、長い年月を歩んできました。派手な宣伝こそありませんが、この場を支え続けてきた人々の思いと努力が、今も静かに息づいています。

「新しく何かを始めることよりも、継続することは、想像以上に大変なんです」と語る荒川先生。その言葉の通り、毎年変わらぬように見える舞台の裏では、丁寧な調整や工夫が積み重ねられています。

ひとつの場を大切に育て、積み重ねていく営み。

文化とは、そんな日々の中から立ち上がってくるものなのだと、このコンクールは教えてくれます。

音楽に出会い、人に出会う

ジャーマン・チェンバロ。屋根(蓋)裏の赤色が鮮やか

「応援したいなと思える人を見つけに来て」と、荒川先生は語ります。「それが若い演奏家の力になります」と。

古楽という言葉に馴染みがなくても、音楽に詳しくなくても構いません。ふと心に残る響きがあれば、それはもう「あなたの音楽」です。

もし気になる演奏家に出会えたなら、そのひと時が、きっとあなたの心に残る音楽になるはずです。

実際、古楽コンクールを訪れた方の多くが「思っていた以上におもしろかった」「聴けてよかった」と口をそろえます。それは、音楽を通して誰かに出会い、何かを受け取った証なのかもしれません。

さまざまなチェンバロ

古楽が少しでも気になった方は、どうか気軽に足を運んでみてください。 華やかな音色に耳を奪われる瞬間、静けさの中に息づく緊張感、そして演奏を支える人たちの熱意。 きっと、あなたの心に残る音楽との出会いがあります。 そんな時間を、あなたも体験してみませんか。

国際古楽コンクール〈山梨〉は、毎年ゴールデンウィークの頃に開催され、入場は無料。どなたでもご観覧いただけます。
次の春、音楽との新しい出会いを探しに、ぜひ山梨を訪れてみてください。

   

国際古楽コンクール〈山梨〉は街の空気とともに音楽が息づく、甲府の中心で開催されます。

甲府商工会議所(予選会場)
山梨県立図書館(本選会場)

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この記事を書いた人

金子 よし子

山梨県出身、山梨県在住のwebライター。 山梨県の魅力をたくさん発信していきたいと思います!

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