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歴史  |    2026.09.13

【富山県射水市】新湊大橋エリアで楽しめる「海上と空中の散歩」-そして背後にある地元の犠牲の歴史

 船での「海上散歩」と海上の大橋を通る「空中散歩」…そして船から眺める大橋は美しい。しかも費用は無料だ。
 海と空の散歩を一体に楽しめる船と橋が、富山県射水市にある。
 これらは、富山新港の港口を東西につなぐ富山県営渡船(通称:越ノ潟フェリー)と、新湊大橋である。今回は、私が体験した船と大橋での「散歩」の魅力について紹介するとともに、この不思議な空間ができた歴史的背景について紹介したい。
 今回は、港口の東側(堀岡方)からフェリーで船旅を楽しんで西側(越ノ潟方)に渡り、新湊大橋を通って逆方向に戻る行程を取った。

1.海上散歩:さわやかな風のもと海から眺める壮大な新湊大橋

 まずは船での海上散歩からだ。渡船は、東側にある堀岡発着場と西側にある越の潟発着場を5分で結んでいる。(渡船の通称や付近の駅名とは異なり、発着場は「ノ」がひらがなになっている)
 東側の堀岡発着場付近から眺める新湊大橋も美しい。

堀岡発着場からの新湊大橋
堀岡発着場付近からの新湊大橋

 船がやってきた。

到着する船
堀岡発着場に到着する船

 客室は、1階部分の屋内客席のほか、2階部分のオープンデッキの客席もある。富山新港の背後は工場地帯となっている。

船内2階デッキ
2階デッキ部分の客室

 出発すると早速海にそびえ立つ新湊大橋が。雄大だ。

船からの大橋
船から眺めた新湊大橋

 背後には富山新港火力発電所の煙突もある。

煙突を眺める
船から東側を望む―遠方には富山新港火力発電所の煙突

 5分で越の潟発着場に到着。

越の潟発着場
越の潟発着場

 同発着場の背後には、万葉線の越ノ潟駅。駅名は真ん中がひらがなだ。素敵なデザインの電車が停まっていた。この万葉線は途中から路面電車になり、高岡駅前へと通じる。

越ノ潟駅の万葉線電車
万葉線越ノ潟駅に停車中の電車

2.空中散歩:眺望に加えスリルも楽しめる?

 歩いて戻る新湊大橋は、上段が2車線の車道、下段が自転車歩行者道となっており、下段部分には「あいの風プロムナード」という愛称がついている。総延長はアプローチ部分も含めて3.6km、橋を支える主塔の高さは127m、海上に架かる主橋梁部は600mで、日本海側最大級の斜張橋である。海面からの高さは約47mだ。歩行者や自転車は、自転車歩行者道の両端部、渡船の堀岡・越の潟両発着場付近にあるエレベーターを使って橋の上部にアクセスする。自転車は降車のうえ押して通行することとされている。

 西側(越ノ潟側)エレベーターの入り口付近。背後は海王丸パークとなっている。現在パーク内に展示され、かつて商船学校の練習船として使われ現在は引退した海王丸の姿も見える。

西側EV入り口付近
西側(越ノ潟側)エレベーターから海王丸パークを望む

 「あいの風プロムナード」の内部の光景は以下の通り。中央部分がやや盛り上がっており、高さによる心理的影響もあって実際の距離より遠く感じてしまう。

プロムナード内部
あいの風プロムナードの内部(西側から東方向を望む)

 両側の大部分にはこうした格子が設けられており、上空からきれいな写真を撮ることは難しい。もっとも、この格子がないと逆に怖くて歩けない気もする。

格子越しの眺め
格子越しのあいの風プロムナードからの眺望

 それでも、格子のない部分もところどころみられる。ここは海の真上だ。近づいて写真を撮るのは…ちょっと怖い。

格子がない
あいの風プロムナード中央部から:ここには格子がない

 東側(堀岡側)のエレベーターホールに着いた。格子が消えきれいな上空からの光景が見える。

東側EVホール1(南西方)
東側(堀岡側)のエレベーターホールから南西方を望む

 道路は東方向にさらに遠くまで延びている。好天時には海越しの立山連峰も眺められる。この日はあいにく雲がかかっていた。

東側EVホール2(東方)
東側(堀岡側)のエレベーターホールから東方を望む

 エレベーターを降りて振り返ると、橋の大きさが改めて実感される。

東側EV下
東側(堀岡側)のエレベーターホール入口付近:下部はポケットパーク

3.「海上と空中の散歩」ができる環境の背後にあるもの-富山新港による東西の分断と住民が受けた犠牲

 海上と空中からの「散歩」ができるようになったのはなぜなのか。その背景には、富山新港の開発が地域の東西の分断を引き起こし、住民の移動や交流が犠牲になった歴史がある。
 現在の富山新港は、かつては海につながる潟湖「放生津潟」で、現在の港口の東西を結ぶ形で道路や鉄道の橋が通っていた。越ノ潟駅が終着駅となっている鉄道(万葉線)も、富山地方鉄道射水線として現在の港口の東側に延びており、富山市中心部付近までつながっていた。
 そこで持ち上がったのが、放生津潟を造成する形での富山新港の建設計画である。建設のためには船の出入りができるように、道路や鉄道の橋を切断して海への入り口を作る必要に迫られた。1966年に射水線が東西で分断され、1967年に港口の本格切断が始まるのと同時に現在の富山県営渡船が就航を始めた。富山新港は翌1968年4月に開港したが、これと引き換えに地域住民の東西の移動の自由や交流が奪われた。東西の自動車での移動は大幅な迂回を迫られたとともに、分断後の港口東側の射水線は利便性が低下し利用者が減少、1980年3月に廃止の憂き目にあった。「海上散歩」を楽しめる渡船は、実は、富山新港の発展と引き換えになった、地域住民の生活の犠牲の産物である。

富山新港建設前の放生津潟周辺の地図(1960年代)
出典:国土地理院ウェブサイト(https://maps.gsi.go.jp/#17/36.773595/137.116874/&ls=ort_old10&disp=1&vs=c1g1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m)

 「空中散歩」の舞台となる新湊大橋は、こうした不便を被った地元の要望がもとになってできたものだ。1982年に「富山新港港口連絡橋建設促進期成同盟会」が設立されてから調査・検討を経て2002年にようやく着工の運びとなり、2012年にまず新湊大橋の道路部分が完成した。自転車歩行路部分の「あいの風プロムナード」の開通は翌2013年になる。
 この経緯を伝える案内板が港口の東側、堀岡発着場付近にあった。右側には、当時の富山地方鉄道射水線のレールの跡が復元されている。

富山新港開発の経緯を伝える案内板と復元された富山地方鉄道射水線の線路跡(右)

4.「海上と空中の散歩」を楽しもう-正と負の歴史と背後の人々の思いを感じながら

 こうした海上散歩と空中散歩という非日常の体験を楽しめる舞台は、実は富山新港の建設や発展と引き換えに犠牲になった住民の東西の移動を取り戻すための試行錯誤の足跡でもある。
 西側の越の潟発着場付近には観光スポットの海王丸パークがある。西側は「きっときと市場」や旧新湊市街地にある内川の情緒ある景観にも近接する。これらの訪問からさらに足を延ばすと、面白い体験が無料で手軽に楽しめる。
 この際、過去と現在の地図を眺めながら、正と負を背負った開発の歴史と住民の思いに頭を巡らせると、楽しくもスリリングな海上と空中の散歩がより味わい深いものになるはずだ。
 なお、渡船は利用者の減少から廃止の可能性もささやかれている。「海上散歩と空中散歩」を楽しみたいなら、早めに行った方がいいだろう。実は港口東側近傍が出身地である私としてはずっと残ってほしいのだが。

(付記)
 類似した個所としては、福岡県北九州市の若松区・戸畑区をつなぐ若戸大橋とその下の若戸渡船があげられる。ただし、若戸大橋は現在歩行者や自転車の通行はできない。また、若松-戸畑間をつなぐ橋は、若戸大橋の完成まではそもそも存在せず、富山新港のような分断の経緯は経ていない。

新湊大橋

富山県射水市海王町~海竜町
「あいの風プロムナード」利用時間は以下の通り。
・5月~10月:6:00~21:00
・11月~4月:6:00~20:00

堀岡発着場

〒933-0228 富山県射水市堀岡35-4

越の潟発着場

〒934-0021 富山県射水市堀岡新明神西浜208

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この記事を書いた人

TakayukiShimakura

2024年にベースボールチャンネルで大谷翔平選手のコラム記事連載を担当していました。 地方創生のほか、環境・気候問題、スポーツにも関心が高いです。スポーツ観戦のほか、まちを歩いて新たな発見をするのが好きです。 「2100年になっても目標に向かって制約なく頑張れる社会」これを目指していきます。

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