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スポット  |    2026.03.23

くわらんか文化を知ろう!市立枚方宿鍵屋資料館|大阪府枚方市

大阪の枚方市には、かつて江戸時代に京と大坂を結ぶ重要な宿場町である枚方宿がありました。市立枚方宿鍵屋資料館は、その際に栄えた料理旅館である「鍵屋」を歴史的建造物としてそのまま利用した当時の様子を伝える資料館です。京街道と淀川を往来する場所であり、水陸交通の要衝であった枚方宿には、くらわんか舟からの客引きの声が響き、たいそうにぎわったと言われています。そんな時代の宿場町はどんな感じだったのでしょうか?

今回は、実際に鍵屋資料館に行ってみたので、その様子をご紹介したいと思います。

くらわんか舟とともに成長した町

鍵屋資料館は当時の様子を残す歴史的建造物ではありますが、平成9年までは実際に料亭として営業していた宿屋でもあります。資料館として開館したのは平成13年なので、この辺りは最近まで宿場町としての影を色濃く残していたと言えるかもしれません。

こちらが鍵屋資料館です。主屋は1813年に建てられたと言われています。石畳の庭を通って資料館に入ります。

ガラスの入った木戸の引き戸を開けると資料館の入り口で、下駄箱があり、履物はこちらで脱ぎます。

廊下はこんな感じ。年季が入っていて、古い旅館に来たような趣を感じます。

鍵屋資料館で一番昔の面影を感じることができたのは、何といってもこちら。船待ち宿として舟ごと入れるよう建物の構造が整えられていました。この辺りは、くらわんか舟が行き来していました。

「くらわんか」は、河内弁の「食らわんか(食べないか)」のことで、淀川を行く三十石船に近づいて「酒くらわんか!」「銭がないのでようくらわんか!(銭がないのでとても食べられないか!)」などと大声で挑発しながら食べ物を売りつけたと言われています。そして、そんなくらわんか舟を再現したのがこちらです。

こちらがくらわんか茶碗です。安価なものだったようで、庶民の茶碗として使われていたそうです。この時代は今のように、便利なプラスチック容器や使い捨て容器があるわけもなく、くらわんか舟の中でもこんな重たい陶器が使われていたようです。

今なら、販売したらそれで終わりにできますが、当時は食べた容器を返却してもらわないとならないので、食べ物を売るのも大変だったでしょうね。

茶碗にも色んな文様があったようです。

鍵屋での武士の食事

一方こちらは紀州藩の武士のある日の夕食の食事内容です。そこそこ料理数はありますが、今ならば決して贅沢や豪華とは言えない内容です。このおかずの量で、お櫃にたんまりあるご飯を食べるのはバランス的に難しそうですね。この時代に卵を食べていたのかと思うとちょっと驚きでした。

鍵屋での生活

鍵屋の部屋は畳敷きです。床の間や袋戸棚などがあり、なんとも懐かしい雰囲気が。ちょっと暗い照明がこんなお部屋にはぴったりですね。

こちらは江戸時代の既婚女性がしていたお歯黒をするための道具です。お歯黒は臭気や渋みのある粉を溶いて塗らないとならなかったようで、女性にとってうれしいものではなかったようです。臭気と渋みが辛くて、頻繁に口を漱いだと言われています。そして、この道具には口を漱ぐための茶碗やたらいもついています。

こちらは当時使っていた計りです。両替商が持っていたものだそうで、江戸時代当時は3種類の貨幣が使われていたので、こちらで分銅を載せて、重さを計って両替していたようです。今と比べてずいぶん手間なことをしていたのですね。

外に回ると、当時大名行列の際に使われたであろう籠が展示されていました。大名は籠に揺られてはるばるこの地にやってきていたのでしょうね。

鍵屋資料館はいかがでしたか?鍵屋資料館の入り口にはちょっとしたお土産も売られていました。記念に買って帰るのも楽しそうですね。水上交通を使った宿場町の歴史を知りたい人は是非足を運んでみてくださいね。

市立枚方宿鍵屋資料館の詳細情報

住所:〒573-0057 大阪府枚方市堤町10-27
電話番号:072-843-5128
開館時間:9:30~17:00(入館受付は16:30まで)
定休日:毎週火曜日(ただし、祝日の場合は開館、翌平日休館)、年末年始(12/29~1/4)
入館料:一般:200円/高校生・大学生及びこれらに準ずる者:100円(学生証提示)/中学生以下:無料

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この記事を書いた人

kisaragisyu

如月柊 大阪を中心とした京阪神、奈良を担当します。大阪に住んでいるからこそ知ることができる旬の情報を皆さんにお届けしたいと思います。是非、大阪に遊びに来てくださいね。

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