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スポット  |    2026.05.21

かぐや姫は富士山へ帰った!?「富士山かぐや姫ミュージアム」静岡県富士市

かぐや姫と聞くと、竹から生まれた少女が月へ帰っていく『竹取物語』を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
けれど富士山に抱かれる静岡県富士市では、少し異なる物語が語り継がれています。

かぐや姫が帰ったのは、月ではなく富士山だったのです。

「富士山かぐや姫ミュージアム」とは

雄大な富士山の南麓に位置する静岡県富士市。市内のあちらこちらからその姿を望むことができ、また製紙のまちとして、煙突が立ち並ぶ風景でも知られています。

そんな街を見下ろす高台にあるのが、富士山へ帰るかぐや姫の物語を展示する「富士山かぐや姫ミュージアム」です。

館内では、かぐや姫伝説をはじめ、古くから続く富士山信仰など、富士山と人びとの関わりが紹介されています。さらに富士山の噴火に関する展示も充実しており、この土地と富士山との深いつながりを感じることができます。

「かぐや姫伝説」とは

— 富士山へ帰るかぐや姫の物語、そのあらすじ —

駿河の国に、作竹の翁というおじいさんが住んでいました。 ある日、おじいさんは竹の中から小さな女の赤ちゃんを見つけ、家へ連れて帰ります。おばあさんとともに大切に育てた女の子は、すくすくと成長し美しい娘になりました。

娘はいつもかぐわしい良い香りがし、神々しい光を放っていました。
その光であたりは夜でも昼のように輝き、人びとは彼女をかぐや姫(赫夜姫)と呼ぶようになります。

やがて都にその噂が届き、帝は彼女を后に迎えようとします。しかし、かぐや姫はこう告げます。
「私は、富士山のほら穴へ帰らなければなりません」

別れの日、多くの人が見守るなか、かぐや姫は富士山の山頂へと登り、そのまま大きな岩にあるほら穴へ入っていきました。実は彼女は、浅間大菩薩(せんげんだいぼさつ)という富士山の神だったのです。

その後、彼女を追った帝は富士山の山頂でかぐや姫と会うことができ、二人で富士山のほら穴の中へ入っていきました。

また、おじいさんは愛鷹権現(あしたかごんげん)、おばあさんは犬飼明神(いぬかいみょうじん)という神であったと伝えられています。


なんともロマンチックな、もう一つのかぐや姫の物語。
子どものころに親しんだ昔話とは少し異なる、大人びた余韻に思わず引き込まれます。

その世界観を映すように、館内の廊下には、この地域の伝統工芸でもある竹細工のスタンドが並び、やわらかな光が静かに揺れています。

また、かぐや姫伝説が息づくこの地にちなみ、富士市はアニメーション映画『超かぐや姫!』とタイアップしています。

『竹取物語』を背景に、歌でつながる少女たちの絆を描いたオリジナル作品は、かぐや姫のイメージを新たに広げてくれます。

富士山とともに生きるということ

美しい姿で知られる富士山ですが、いまも活動を続ける活火山です。ここ富士市では、1万年以上前の昔から、人びとが富士山のもとで暮らしてきました。

火山灰や軽石、溶岩といった噴出物は、富士山の活動の歴史を物語るものでもあります。

火山噴出物

縄文時代、富士山はたびたび大きな噴火を繰り返していました。火山灰や溶岩はときに集落を覆い、人びとの暮らしを途切れさせてしまいました。けれどやがてこの地に戻り、再び暮らしはじめました。

縄文時代の竪穴住居

江戸時代、1707年に富士山は「宝永大噴火」と呼ばれる大噴火を起こします。降り積もった火山灰は田畑を覆い、暮らしを直撃しました。人びとは縄文時代のように自由に移動することはできず、この土地で被害を受け止めるしかありませんでした。

それでもやがて、畑を耕し直し、店を開き、少しずつ日々の営みを取り戻していきました。こうして再び、この地に人びとの往来とにぎわいが戻ってきたのです。

江戸時代の商店

いま、富士山は静かにその姿を見せています。しかし、今も火山活動を続けており、噴火に備えた取り組みが続けられています。過去を知ることで、「いつか起こるかもしれない噴火」が、決して遠い話ではないとわかります。

建物で富士市の歴史を辿る

お天気のいい日には、歴史ある建物を眺めながら、ゆっくりと散策してみてはいかがでしょうか。

富士山かぐや姫ミュージアムは、広見公園内の「ふるさと村歴史ゾーン」の一角にあります。江戸時代の屋敷や明治時代の洋館など、富士市の歴史を伝える建物が立ち並び、時代をさかのぼるような気分を味わえます。

ここでは、6世紀後半の横穴式石室をもつ、直径16メートルもの円墳を見ることができます。石室から出土した金銅製の鈴は全国的にも貴重なもので、現在は富士山かぐや姫ミュージアムに展示されています。

また、ちょっと目を引く土蔵には、江戸時代に描かれた漆喰の「こて絵」が残されています。色彩豊かに表現されているのは、中国の説話『二十四孝』の物語。職人の技と美意識が息づく建物です。

アップダウンのある丘をのぼっていくと、頂上付近には洋風の建物が姿を現します。

左に見えるのは、かつて医院として使われていた大正時代の建物「杉浦医院」。昭和の終わりまで、およそ70年にわたり地域医療を支えてきました。

右に建つ「眺峰館(ちょうほうかん)」は、明治25年に料理店の玄関として建てられたもの。正八角形の三階建てで、屋上からの富士山の眺めの良さから、その名で親しまれてきました。

そして、富士山かぐや姫ミュージアムのすぐ脇に立つ鳥居にも、興味深い歴史があります。実はこの鳥居は、富士山の頂上に2004年に奉納されたものです。

江戸時代、富士川の渡船に関わる人びとは、船の材料を富士山中から得ていました。その縁から、12年に一度、申(さる)年に白木の鳥居を富士山の頂上に奉納する習わしが生まれました。

山頂での役目を終えた鳥居は、いまミュージアムのもうひとつの入口へと人びとを導いています。

おわりに

かぐや姫が帰ったとも伝えられる富士山。その物語や歴史に、思い思いに触れることができるのが富士山かぐや姫ミュージアムです。

富士山を眺めながら歴史に親しめる広見公園の散策も、これからの季節にぴったり。
美しい山と、この地に息づく物語を感じに、訪れてみてはいかがでしょうか。

富士山かぐや姫ミュージアム

住所:静岡県富士市伝法66-2
電話番号:0545-21-3380
観覧料:無料
開館時間:9:00~17:00
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)、祝日の翌日、12月28日~翌年1月4日
アクセス:
電車:JR富士駅・新富士駅・吉原駅より車で約20分
路線バス:吉原中央駅バスターミナル3番線に乗車、「広見団地入口」下車、徒歩約3分
車:西富士道路「大渕・広見IC」より約3分(駐車場あり)

*「ふるさと村歴史ゾーン」の屋外展示は原則として雨天時は開放されません。
詳しくはお問合せください。

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この記事を書いた人

のんてり

神奈川県在中の元インテリアコーディネーター・アート好き / 偶然に出会った縄文土器や土偶の魅力に憑りつかれ、以来10数年、全国各地の縄文時代の遺跡や博物館を訪ね歩いています。その土地土地で出会った摩訶不思議な縄文の世界を紹介します。

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