今ではスーパーで大量に安く買える塩。そのほとんどが輸入ものなのはご存知でしょうか?日本の塩生産量は年間100万トン。これは、国内で食用に使われる塩をほぼまかなえる量です。しかし、日本の塩自給率はわずか11%程度なのです。1
マイクロプラスチックなど、食の安全性について話題になる今。39銘柄の塩を検査したところ、36銘柄にマイクロプラスチックが含まれていることがわかりました。しかし、その中に日本の塩はありませんでした。1 それもそのはず、日本は長年塩づくりに関わってきたノウハウがあると同時に、塩の原料となる海水に囲まれる地理的にも恵まれた環境にあります。
日本には古くから塩業が盛んだった歴史があります。一昔前は、大変な手間暇をかけて、海から海水を引き込み、手作業で製塩していました。徳島県鳴門市でも400年前から続く、製塩の歴史があります。この記事では、鳴門の塩づくりの歴史と共に、今も残るその跡をご紹介します。
鳴門の塩の歴史
鳴門の製塩の始まりは、今からさかのぼること427年前。夷山の下(現在の桑島)で始まりました。製塩方法は、時代と共に進化してきました。鳴門では古くから入浜式塩田を用いて、潮の干満を利用して効率よく製塩を行っていました。しかし、この方法は砂を手作業で扱うので、大変な労働が必要でした。それでも400年間入浜式塩田は主流な方法として用いられました。2
昭和20年代後半からは、流下式塩田が使われるようになりました。この製塩方法では、ポンプやゆるい傾斜をつけた流下盤を使って、労働が大幅に楽になり、塩の生産量も2.5〜3倍に上がりました。3
現在の鳴門の塩づくり
昭和47年(1972年)、鳴門の塩田は全廃されました。今では、鳴門塩業株式会社が主な製塩業者として鳴門で安全・安心な塩を作り続けています。製塩には膜濃縮製塩法が使われるようになり、膜と電気の力を使って海水の不純物を取り出し、塩づくりをしています。
鳴門に残る、塩田の歴史
塩田は全廃され、今では残っていませんが、鳴門市内を巡ると、その歴史を物語る場所がいくつかあります。
中水尾川3号公園(鳴門市 撫養町)
鳴門市立図書館のすぐ隣にあるこの小さな公園には、「塩田発祥の地」と記された立石があります。1599年、最初にこの地が塩づくりのために開拓されたことが記されています。以来、鳴門の塩は全国的に有名になり、阿波国の代表的な産業の一つとなりました。中水尾川3号公園の立石から、鳴門の塩づくりの始まりとその歴史を学ぶことができます。

鳴門市立図書館のすぐ隣なので、鳴門の塩づくりについてさらに詳しく知りたければ、図書館へ訪れるのも良いでしょう。
中水尾川3号公園
住所:〒772-0011 徳島県鳴門市撫養町大桑島蛭子山100(24時間営業)
鳴門塩田公園(鳴門市 鳴門町高島)
高島は鳴門教育大学や鳴門ウチノ海総合公園があり、海と緑の景色が美しく、最近では若い家族の移住も増えています。
高島にある「福永家住宅」は、入浜式塩田と製塩施設が残る唯一の浜屋敷として国の重要文化財に指定されています。4 歴史深い建造物と海を一緒に堪能できる貴重な場所です。

この地域にはレストランやカフェもあり、以前ご紹介した旨みたっぷりのつけ麺、「つけ麺 十根」からも近いです。
鳴門塩田公園
住所:〒772-0051 徳島県鳴門市鳴門町高島字浜中150(24時間営業)
まとめ
何気なく使っている塩。味付け、保存、医療など塩は私たちの生活に様々な面で役に立っています。海に囲まれた日本は、塩づくりに最適な場所です。高い品質を維持する日本の塩業がいつまでも続いてほしいですね。
鳴門の塩を代表する鳴門塩業株式会社では、国内製塩メーカーでは初となる「医薬品製造業許可」を取得することができました。これは、厳しい品質基準をクリアしたために得られた許可です。5
味も品質もこだわり尽くした鳴門の塩、ぜひ食べてみてください。
鳴門塩業株式会社
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