
継ぐはずだった田んぼをなくした米農家の孫は、なぜぶどう狩り農園を選んだのか。
三重県桑名市多度町「カームツリーファーム」の松永夫妻に伺いました。
3年がかりのロゴづくり、オープン当初の失敗談、地域に支えられた日々の先にあったのは、「ワクワクする農業」という一つの答えでした。
多度に生まれたぶどう狩り農園

「ワクワクする農業を届けたい」
そう語るのは、「カームツリーファーム」を営む松永泰樹(まつなが たいじゅ)さん、幹子(みきこ)さんご夫妻です。
2024年8月に開園した、この農園。
ビニールハウスの中では、Y字型に仕立てられたぶどうの枝が、まるでトンネルのように続いています。
その背景には、一度は途切れかけた家業と、そこから見つけた新しい農業の形がありました。
米農家の孫が、観光農園を作った理由

継ぐ気だったのに、なくなっていた田んぼ
泰樹さんの祖父は米農家でした。
泰樹さんは長男であったため、子どもの頃から米農家を継ぐ気持ちでいたそうです。
田んぼに連れて行ってもらい、アウトドア好きな家族のもとで自然とふれあう機会が多く、農業に興味を持つきっかけは何度もありました。
しかし、祖父が体を痛めて米作りをやめると、機材も土地も手放してしまいます。
「継ぐからね」という泰樹さんの言葉は、冗談だと思われていたようです。
継ぐ気でいたのに、継ぐ先がなくなってしまいました。
その経営基盤をもらうことが、やりたいことなのか
一度は、近隣の米農家から田んぼを譲ってもらう案も考えました。
けれども、すでに米を作っている人たちの経営基盤に入っていくことが、本当に自分の望む形なのか。
心の中にわだかまりが残りました。
地域へ貢献したい
多度には、多度大社の「上げ馬神事」があります。
馬に乗った経験もある泰樹さんには、地域に根ざした祭りを通じて、この土地に貢献したいという思いがもとからありました。
それが、「農業で貢献したい」という形に結びついていきます。
ただ、自分が地域へ貢献する形が米作りである必要はないと気づきました。
たどり着いた、観光農園という答え

答えを探すなかで出会ったのが、農業実習で訪れたある観光農園でした。
作って売るだけの農業ではなく、人が訪れ、楽しんで、また来たいと思う場所。
米作りのように、土地の面積が必要ではありません。
この光景を見た時に、泰樹さんは「これだ」と感じたそうです。
まだこの地域では誰も手がけていないぶどう狩り農園。
それを形にできれば地域への貢献になる。
この地へ人が足を運んでくれる場所ができ、自分も好きであった自然とのふれあいの中で、子どもたちにも喜んでもらえる。
地域への想いを胸に、未経験からのぶどう作りが始まりました。
【H2】3年かけて決まったロゴに込めた「つながり」

農園のぶどうのロゴ。
実は完成までに3年もかかったそうです。
ロゴに描かれたぶどうの粒のつながりは、応援してくれるお客さまや地域の皆さまとのつながりを表しています。
中央にある「T」は、Calm Tree FarmのTreeでもあり、泰樹さんが生まれ育ち、幹子さんと農業を営む場所、多度(TADO)の頭文字でもあるそうです。
そして色は紫に決めました。
ぶどうといえば、やはり紫。
この土地に育ててもらった感謝を忘れず、地域とともに歩んでいく農園でありたいという松永夫妻の思いが込められたロゴです。
オープン当初、一番の大失敗

順調な滑り出しだったわけではありません。
泰樹さんが「一番大変だった」と振り返る出来事があります。
オープン当初の週末、台風の影響で大雨に見舞われました。
翌日も天気は回復しそうにありません。
「今日はお客さんも来ないだろうし、一人で行くよ」。
幹子さんに声をかけ、泰樹さんは一人で畑に向かいました。
すると、急に空が晴れてきました。
そのタイミングで、地域の情報サイトでカームツリーファームを知ったお客さんたちが一気に押し寄せる形に。
もともと2、3組しか入っていなかった枠に、キャンセル待ちの予約まで戻ってきました。
50人分ぐらいの枠を設定していたのが埋まったのです。
嬉しい悲鳴もある反面、さぁ大変です。
準備もスタッフも座席も足りず、もうパニック状態です。
「実家の家族に急いで電話をかけ、キャンプ用の椅子をかき集めてもらい、もうてんやわんやで」
見通しの甘さと、準備不足。
本当に大変だったと、泰樹さんは笑って当時を振り返ります。
それでも、この出来事が「これからやっていける」と初めて思えた瞬間でもあったといいます。
「ワクワクする農業」という思い

冒頭で紹介したこの言葉には、始まりがあります。
まだ学生だったころ、泰樹さんは自分の名刺を作り、幹子さんに渡したそうです。
裏にはこう書いてありました。
「ワクワクする農業」
その一言が、今こうして目の前の農園になりました。
子どものころから、キャンプして、山に登り、川で遊んで育った泰樹さん。
外にいる時間が楽しかった感覚が、そのまま農業の原点になっています。
「お客さんをワクワクさせて楽しんでもらう」
松永夫妻にとっての農業は、「ぶどうを作る仕事」であると同時に「人が楽しむ場所をつくる仕事」なのです。
同世代で、これから農業を始める人へ

これから農業を始める人の参考になればと、泰樹さんにひとつ聞いてみました。
同世代でこれから農業を始めようとしている人へ、伝えたいことはありますか。
返ってきたのは、飾らない一言でした。
「泥臭く頑張るしかない」
継ぐはずだった田んぼを失い、未経験からぶどう作りを始めた泰樹さんと幹子さん。
華やかさとは無縁の道のりです。
それでも泥臭く頑張り続けた先に、「ワクワクする農業」がある。
それこそが、この農園の芯なのだと感じました。
カームツリーファームとはどんな場所か

取材の最後に、この農園は松永夫妻にとってどんな場所か尋ねました。
先に答えてくれたのは幹子さんでした。
「本当に支えていただかないと、成り立たない商売なので」
地域の方、家族や親族、仲間や友人。
差し入れを持ってきてくれる人、作業を手伝いに来てくれる人、宣伝してくれる人、買いに来てくれる人がいる。
「二人じゃ絶対に無理だから」
支えてもらう喜びから感謝が生まれ、恩返ししたいと思う気持ちがぐるぐると回っていく。
幹子さんはこれを「ループ」と表現しました。
泰樹さんも続けます。
「いろんな人に支えられて成り立っている場所です。自分たちだけではまず無理なので、いろんな人の思いがあってこそ、出来上がっている場所かなと思います」
そのループを、贈答用のとびきり良い房が物語っていました。
幹子さんは「そういう本当にいいものって、食べたことないんです」と笑っていました。
おいしいものほど、お客さんや大切な人のもとへ届けたい。
作っている本人たちの口には、案外いちばんいい実が入らない。
恩返ししたい気持ちがあふれる、いかにも泰樹さんと幹子さんらしいエピソードでした。
カームツリーファームのロゴのぶどうの粒がつながっている形は、目指す理想ではなく、すでにある実感だったのです。
一粒が、房になるまで

ぶどうの粒が寄り添ってひと房になるように、この農園も、たくさんのつながりでできています。
地域へ貢献したい気持ちから、選び直したぶどう狩り農園という新しい道。
手伝いに来てくれる誰かと、それに応えたいと思う気持ち。
学生時代に名刺の裏に書いた一言と、いま目の前にあるぶどうの棚。
「ワクワクする農業」は、泥臭い日々と、たくさんの人の手の上に立っています。
多度に行く機会があれば、ぜひ立ち寄ってみてください。
一粒つまむだけで、この土地のことが少し好きになるはずです。
そのつながりの先にいるのは、あなたかもしれません。
農園情報
calm tree farm カームツリーファーム
所在地(参考番地)
三重県桑名市多度町御衣野4070
※上記は参考地番です。ご来園の際は、Googleマップで「カームツリーファーム」と検索していただくことをおすすめしております。
Googleマップ
開園日:2024年8月15日
2026年シーズンの営業期間
〈直売所〉 8月11日(火)〜※ぶどうの生育・収穫状況により前後します。
〈ぶどう狩り〉8月15日(土)〜※ぶどうの生育・収穫状況により前後します。
営業時間
〈火・水・金〉9:00〜13:00
〈土日祝〉9:00〜13:00/14:30〜17:00
定休日:月・木(祝日を除く)
食べ放題プラン
品種:シャインマスカット・BKシードレスの2品種
料金:大人4,000円/小学生2,500円/5歳以下1,500円/3歳以下無料
直売所(数量限定):シャインマスカット・BKシードレス・クインニーナ・ナガノパープル・藤稔(ふじみのり)
予約・お問い合わせ
公式LINE:(24時間受付)
電話:090-2926-9044




