まだ暑さの残る9月の金曜日、瀬戸内の島を訪ねた。晴天続きだった空に、パラパラと雨が降る。静かな商店街の街灯が点灯し、辺りが薄暮れから夜色に染まると、町の雰囲気ある酒屋から、色鮮やかなキラキラした光と、身体の奥深く響く低音が、通りに漏れ始める。
月に1度のクラブイベント『嶋元音店』に、ひとり、ふたりと、町の人が集まり始めた。
『瀬戸内のハワイ』周防大島町
周防大島町は、山口県東部の瀬戸内海に浮かぶ島にある、人口約1万5千人の町。 柳井市から大島大橋で繋がれ、県内だけでなく、広島県からの観光客も多い。美しい海と景観に恵まれ、温暖な気候を活かした「大島みかん」の栽培が有名。近年では、ハワイ移民を多く輩出した歴史に因み、一貫したブランディングの効果で『瀬戸内のハワイ』の呼び名も定着しつつある。
この小さな町が2022年度の個人所得伸び率で全国のトップとなり、町の税収が当初予算の6.7倍となったと報道された。観光誘致だけでなく、積極的な移住推進政策を続けた成果だろう。
『二人の嶋元』の出会い
周防大島町で、二人の嶋元が出会った。同じ年に生まれた親戚同士だが、子供のころは離れて暮らしていたため、遊んだ記憶はほとんどない。
マヤ ミラー (嶋元 麻耶)は大阪生まれ。アメリカ人の父と箏奏者の日本人の母の影響を受け、幼少のころから音楽に親しんだ。DJとして活動をしながら、ヨーロッパを中心とした大手レーベルのイベントオーガナイズや音楽プロデューサー、リミキサーとして活躍していたが、コロナ禍の2022年に、拠点を東京から母方の周防大島町に移した。
嶋元貴士は地元周防大島町で育ち、商店街に店を構える老舗『嶋元酒店』を継いでいた。獺祭や東洋美人、貴などの地元山口県の酒蔵を中心とした日本酒や、フランスやイタリアの自然派ワインを揃えるなど、お洒落で幅広い品ぞろえが魅力。何よりも雰囲気のある店構えと、天井高の店内が素晴らしく、初めて店を訪れたマヤは「いつか店内でイベントをやろう!」と密かにイメージを膨らませていた。
『嶋元音店』の誕生
「僕がフライヤーを勝手に作ったんです」
始まりをマヤが説明してくれた。フライヤーの『嶋元音店』の文字に、店主の貴士は「これ、いいね!」と即答した。『嶋元酒店』が『嶋元音店』に変身する。ワクワクした。マヤは大阪に貴士を連れ出し、都会のクラブシーンを体験してもらった。
「島の小さな町でも、東京や大阪に負けない、本物の音楽とお酒を楽しむ場を提供したい」
二人の想いは2023年1月に実現。酒店にクラブ並みの最新機材を設置し、店主は近所の家々を訪問し、事前の許可を求めて歩いた。「昔みたいに、通りが賑やかになるといいね」と快諾され、反対する人は一人もいなかった。
島で育まれる、音楽とコミュニティの未来
「クラブの敷居は高いのか、初回はわずかな人数でした」
それでも回を重ねるごとに評判を呼び、参加者が増え、協力するスタッフも集まった。気軽に参加してもらうため、入場料は1000円で1ドリンク付き。子供達も参加出来るよう、19時スタートにした。戦隊ヒーローを夢見た小学生が「DJになりたい!」と言い、パパを驚かせた。古くからの住民も移住者も、小学生も70歳の先輩も、音楽と空気感に身を任せ交流する。居心地の良いローカルで温かな「社交の場」が育ちつつある。
4回目にして海外からゲストDJとしてKevin Castroを招き、夏にはシンセサイザーマエストロの齋藤久師が最先端の音を響かせた。海外のクラブシーンを熟知したマヤの感度の高い音楽と、オーガナイザーとしての本領が発揮され、ゲストらも絶賛する、世界レベルの音楽シーンが実現した。
「一流の音楽を提供して、地域の、特に未成年の音楽への関心や感覚を底上げしたい」
「海外に比べ、日本でのDJのイメージは良くない。子供たちの憧れの職業になれば嬉しい」
さて、次のお楽しみは?
『嶋元音店』お問合せ先 : 嶋元酒店(嶋元貴士)TEL:0820−74−2115