さて、後編はブックハウスカフェで行われたサヘル・ローズさん初の絵本「Dear」刊行記念のトークショーの様子をお伝えします。
【プロフィール】サヘル・ローズ 俳優、タレント。1985年イラン生まれ。幼少時代を孤児院で生活し、フローラの養女として7歳のときに引き取られる。8歳で養母とともに来日。レポーター、ナレーター、コメンテーターなど様々なタレント活動のほか、俳優として映画やテレビドラマに出演し、舞台にも立つ。近年では自身がメガホンを取った映画「花束」も公開されるなど、表現の幅を広げている。また芸能活動以外では、個人で国内外問わず支援活動を続けており、2020年にはアメリカで人権活動家賞を受賞。
それではサヘル・ローズさん初の絵本「『Dear 16とおりのへいわへのちかい』 サヘル・ローズ著 イマジネイション・プラス社)」の制作秘話をお届けします。
絵本の出版元であるイマジネイション・プラスの社長である乙部さんが今回のトークのお相手でした。
乙部さんは、ご自身が難民に関する環境絵本を作った経緯があり、サヘルさんの活動に注目していました。
SNSをフォローし、直接メッセージをし、交流がはじまったのだそうです。
サヘルさんは言いました。
「今までも私はいろんなメディアを通して移民や難民の方々の気持ちを発信してきています。一方でその方たちの悪いニュースもあります。
その一部が一括されて報道されることに、私が問題定義をしたかったとしても、外国人の私が何かを発すると(SNSなどを通じて)きつい言葉もたくさん来るんです」
言葉だけでは伝わらなくなってきている
サヘルさんが、ご自身の言葉では伝わらなくなってきていると感じた時、思いついたのが当事者たちの思いを伝える橋渡しになろうということでした。
サヘルさんの元にはいろんな子どもたちから手紙が届くと言います。彼らが何を書き、思い、見てきたのか。それを純粋に届けるには手紙が良いと思ったそうです。
「私というフィルターを通さずに、子どもたちの本音を皆さんが受け取った時、感じるものは、私が伝えるものとは違うと思います」
この絵本は、自分が関わっているが、あくまでも当事者の気持ちを絵と手紙で構成したのだとサヘルさんは言います。
しかし、乙部さんには葛藤もありました。(右が乙部さんです)
「絵と手紙で構成するって難しいんですよ。ところがその手紙を読んでいると、生の子供たちの叫びが聞こえてきて、これしかないと思いました」
こうして乙部さんも納得し、この絵本作りはスタートしました。
翻訳の難しさと、一つも出てこない「ある言葉」
この絵本の中身は、難民キャンプの子どもたちが描いた絵と手紙です。
本来の絵本のように、カラフルな絵ばかりではありません。
彼らの置かれた現状、心理的なものが、そこにはよく表れています。
サヘルさんは翻訳が難しかったと言います。
「訳す際に難しかったのは、日本語で正しく訳していくと大人の言葉になってしまうことです。彼らが何を伝えたかったのかを考える時、子どもの目線で書かないと伝わりません。そして書いているうちに気付いたことがあるんです。そこには憎しみの言葉が一つも出てこないんですよね」
更にサヘルさんは訴えました。胸に手を当てながら切々と。
「傷ついて、(いろいろなものを)奪われた側なのに、これを読む人、つまり、『日本の人に届けてね』と彼らは言ったんです。彼らはあなた(読者)の幸せを願っているんです。
『私たちより長く生きてね』と。家族も殺されているし、客観的に考えて自分も生きられないかもしれないけど、『あなたが生きてね』と」
これは驚きの絵本
私たちは、「大人になったら」と何の疑問も持たずに考えます。
しかし本作の中の子どもは「大人になれたら」なのです。
それに気づいたサヘルさんは「7歳の子どもがそれを分かっているんです」と驚いたように続けました。
会場からはすすり泣く声が聞こえてきました。
実はこの「大人になれたら」の一言に気付いたのは、編集の最終段階で何度も読み返している時だったと、乙部さんが言いました。
「今まで何度も読んでいる言葉の一つ一つが、心に突き刺さってくる感じの時に気付いて僕も驚きました」と。
ベテラン編集者さえ気づいていなかった大きな言葉の意味、この絵本は驚きの絵本でもあるのです。
絵本は大人のための本
サヘルさんがこの絵本を届けたいのは子どもだけではありません。
「私は大人にもう一度、絵本を読んで欲しい。実は絵本は大人のためだと思ってるんですよ。自分が大人になっていろいろと絵本を読んだ時と今では小さい時と解釈が変わっていることがあります。だから、大人になって絵本を読みかえすべきなんだと思うんです」
それは、真摯な言葉が短い言葉に集約されているからだと言います。
その絵本こそ、現代にとても必要ではないかと言い、多くの人がうなずいていました。
また、この表紙はサヘルさんがPhotoshopで作ったそうです。
この少年はイラクにいるシリアの子。カメラを向けた時にパッと顔を隠したことにどんな意味があるのかを、想像しないといけません。
想像と言うことで言えば、サヘルさんは登場人物の子どもたちの詳細を書いていません。
文章の中で国のことに触れている子もいます。名前を書いてる子もいれば書いていない子もいます。性別も記していません。家族構成も年齢も。それは読者に想像してほしいからだそうです。
「この想像力を働かせるのが、絵本の持つ一番の力だと思っています。皆さんに、この絵本の向こう側にどんな子どもたちがいるのだろうと想像してほしいんです」
絵本を通して、目の前の人の気持ち、遠い国の人の気持ちも想像できる力を養ってほしい。そうすればきっと戦争は減ることでしょう。
サヘルさんと乙部さんがこの一冊の絵本「Dear」を作った過程をお伝えしました。
あなたはそこから何を想像しますか。