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聖地  |    2026.02.12

古の韓国と日本の交流を感じに 御幸森天神宮|大阪府大阪市

御幸森天神宮は大阪鶴橋にある神社です。大阪鶴橋はコリアタウンがあり、観光地としてもにぎやかな場所。御幸森天神宮はそんなコリアタウンに隣接した立地にあります。また、御幸という言葉通り、天皇がよく立ち寄った場所でもあり、百済からの渡来人と天皇をはじめとする日本人との関わりの深さを感じさせる場所でもあります。そんな御幸森天神宮を訪問したので、レポートします。

場所は鶴橋コリアタウンですが、喧騒とは無縁

御幸森天神宮はコリアタウンのすぐそばにあります。それなのに、一歩鳥居に足を踏み入れると観光地の喧騒は消え、一気に独特な静寂の世界が広がります。

こちらがその鳥居です。年代を感じさせる石造りの鳥居が印象的です。それもそのはず、御幸森天神宮の創建は非常に古く、406年に仁徳天皇の神霊を祀ったのが始まりとされています。

訪問した日は平日のお昼だったのですが、鶴橋のコリアタウンは学校帰りの高校生がたくさん遊びに来て大賑わいでした。ですが、御幸森天神宮はこの通り。境内はほとんど人の気配がありません。鶴橋コリアタウンの喧騒に疲れた時は、この静寂に癒されます。

御幸森の名前の由来

御幸は天皇の外出を意味する言葉ですが、御幸森という名の通り、この辺りはその時代森でした。そして、天皇は何のためにこの地に来られたのかというと、鷹狩りに来ていたということです。そういうこともあって、御幸森の神紋は鷹なんです。

鷹狩りというと、獲物が鷹かと思いがちですが、実は鷹を使ってする狩りのことで、獲物は鷹が狩る小動物。ちなみにこの辺りは古くから「猪飼野」と呼ばれ、百済からの渡来人が多く住んでいたと言われています。それが今のコリアタウンになったというわけですね。

「猪飼野」の名は、「猪甘部(いかいべ)」という名前から来ていると言われています。この辺りは昔から百済人が朝廷に献上するイノシシを飼っていて、その人たちをそう呼んでいました。百済の渡来人はその当時、高度な畜産技術を有していたと言われています。こんな昔から朝廷ではイノシシが食べられていたというのは驚きですね。

そして、天皇は鷹狩りついでに百済の渡来人の生活を見聞するためこの土地に立ち寄り、御幸森で休憩されたといいます。案外、イノシシの様子が気になっていたのかもしれませんね。

難波津の歌碑がありました。難波津の歌は「古今和歌集」にある、大阪の春の訪れを喜ぶ歌なのですが、実はこの歌の歌碑は日本に2か所しかないとか。そして、こちらの御幸森天神宮のものは日韓交流を記念して日本語とハングルの2か国語で書かれているんです。

神社の中でハングルが使われていることも驚きですが、歌碑にまでハングルが刻まれているのはこの地ならではですよね。

御幸森天神宮の主祭神で珍しいのが忍坂彦命

こちらが拝殿です。御幸森天神宮の祭神は三柱で、仁徳天皇、少彦名命、忍坂彦命です。その中でも珍しいのが忍坂彦命です。忍坂彦命は天皇の第一皇子だったのに、天皇に即位しなかった歴史があります。

そのため、日本では彼を祀る神社が少ないのですが、大阪では独特な信仰を集め、大阪の玉造(清水谷)付近にあった天神社で地主神として祀られていました。

ですが、その後1615年の大阪夏の陣で天神社は焼失、御幸森天神宮に合祀されることになったという歴史があります。その結果、御幸森天神宮にもともと祀られていた仁徳天皇と同列に並んで祀られることになりました。大阪ならではの歴史としても面白いところです。

御幸森天神宮はいかがでしたか?天皇が休憩された場所ということからパワースポットとしても注目されていて、仁徳天皇の文字が書かれた御朱印が人気だそうです。百済と日本の豊かな交流に思いを馳せつつ、お詣りに足を運んでみてはいかがでしょう?

御幸森天神宮の詳細情報

住所:〒544-0034 大阪府大阪市生野区桃谷3-10-5
電話番号:06-6731-2816
受付時間:9:00~17:00

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この記事を書いた人

kisaragisyu

如月柊 大阪を中心とした京阪神、奈良を担当します。大阪に住んでいるからこそ知ることができる旬の情報を皆さんにお届けしたいと思います。是非、大阪に遊びに来てくださいね。

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