
横浜市港南区のマンションの一室で、約1000冊の蔵書を揃えた家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」を運営する大谷佑香(おおたに ゆうか)さん。
自身の子育ての苦労や、放課後に居場所のない子どもたちとの出会いをきっかけに、毎週水曜日、自宅のリビングを家庭文庫として開放しています。
「地域の子どもたちのために居場所を作りたい」と語る、大谷さんの活動と想いを取材しました。
リビングに広がる約1000冊の本
横浜市港南区のマンションの一室。

玄関を開けてリビングに入ると、壁一面の本棚が広がっていました。

絵本約800冊、児童書約300冊。大人向けの本を合わせると1000冊を超える蔵書が、ごく普通のマンションのリビングに並んでいます。
ここは、大谷佑香さんが運営する家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」です。
家庭文庫とは、自宅の一部を開放し、地域の子どもたちに本の貸し出しや読み聞かせなどを行う取り組みのことです。

「子どもの図書館 あいすちゃん」では、毎週水曜日の15時30分から17時までが開館時間となっていて、学校帰りの子どもたちに本の貸し出しと居場所を提供しています。
1日に平均7人の子どもたちが来るリビングは、広くはありませんが、「子どもの図書館あいすちゃん」には、公共図書館にはない穏やかな時間が流れています。
子どもたちだけの居場所ではなく、近所に住む親子が集まれる日も設けていて、小さい子どもや赤ちゃんの声が賑やかな日もあるようです。

「公共図書館だとあまり喋れないですよね。本を静かに読んで帰るだけの方が多いです。でもここは違います。みんなで楽しく笑っておしゃべりして、ママたちも笑顔で過ごせるんです」と大谷さんは話してくれました。
近所の公園で全く面識のなかったママ同士が、「子どもの図書館あいすちゃん」で知り合い、後日また公園で「あっ」と声をかけ合います。
大谷さんにとって、その光景が何よりの喜びだと言います。
「『子どもの図書館あいすちゃん』は、地域で顔見知りがちょっとずつ増えてくれたらいいな、と思ってやっている活動だからです」
自分が家にいながらできる「子どもの居場所づくり」

大谷さんが、家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」の活動を始めた背景には、ご自身の子育て経験があります。現在、中学2年生、小学5年生、小学1年生の3人のお母さんです。
長女が小学1年生のとき、ある出来事が心に引っかかりました。
子どもの友達が、ランドセルを背負ったまま、大谷さんの家に遊びに来ていたことがあったといいます。その経験から、家に帰っても親が不在で、寂しさを感じている子どもがいることを知りました。
「なんかできたらいいなと思ってたんです。放課後に、子どもが行ける場所」と大谷さんは、当時を思い出して語ってくれました。
大谷さんは「子どもが学校から帰ってくるときに、家で『おかえり』って言いたい」という想いがあり、外で居場所を作るのではなく、家にいながらできることはないかと考えていたそうです。
苦労した子育てが居場所づくりの原点に

大谷さんが、一番上の娘さんがまだ小さかった頃の話をしてくれました。
当時、仕事と子育ての両立に苦労したといいます。
会社員として働きながら、保育園にお子さんを預けていました。仕事を終えて迎えに行き、帰宅してご飯を作っている間に子どもは寝てしまいます。
晩ご飯を食べさせることもできず、お風呂にも入れられない。そんな日々が続いたそうです。
「もう毎日時間がなくて。朝も『早く行くよ』って2歳の子を急かして、道を引きずるようにして保育園に連れて行くこともありました」
子育てに不安があり、区役所で行われる健診などで相談しても、話は聞いてくれるものの、解決には至らなかったといいます。
その後、大谷さんは仕事を辞めました。
家にいる時間が長くなり、自分を見つめ直す時間が増えました。絵本講師の勉強を通じて、子育ての考え方を学び直すことができたといいます。
今はとても幸せ、と話す大谷さんの目が潤みました。
「当時の私のように、辛い思いをしている人っていると思うんです。親は『しっかりと育てよう』って頑張っています。でも『親が思う正しい方向』に子どもをコントロールしなきゃって思うと、親も子も辛くなっちゃうんです」
大谷さんの「居場所づくり」の原点には、自分と同じ想いをする人をなくしたいという気持ちがあります。
家庭文庫との出会い

大谷さんが家庭文庫と出会ったきっかけは、一番下のお子さんが通っていた幼稚園の「図書部」という父母の会の集まりでした。
活動に参加するうち「家で図書館ができる、家庭文庫というものがある」と知ったといいます。
早速、大谷さんは2カ所の家庭文庫に見学に行きました。2カ所とも一軒家で、個人宅の一部を開放して運営していました。
「初めて家庭文庫に伺って、本当にこんな場所があるんだと感動しましたね」
運営者の方と話していると、利用する子どもは、本が好きな子どもだけではないと知ります。
「中学生が、本を読むためではなく、誰かと話したいから来ると聞いて。そういう居場所になっているのは素敵だなと思いました」と大谷さんは話してくれました。
子どもの居場所づくり、家庭文庫の見学、絵本講師の勉強。3つが重なった瞬間だったといいます。
「家でできる居場所づくりは、私にもできる」
大谷さんはすぐに行動を起こしました。運営資金は区の補助金を申請し、役所での事業プレゼンを経て、家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」が開業しました。
家族の応援があってこその家庭文庫

大谷さんは、ご主人とお子さん3人の5人家族です。
自宅の一部を開放する家庭文庫を始めるからには、家族の理解が必要でした。
ご主人は「やってみたら」と賛成してくれました。お子さんたちも、一緒に家庭文庫を利用していて雰囲気を知っていたので、前向きだったといいます。
ただし、すべてが順調だったわけではありません。
「家庭文庫をはじめた当初、開館時間を15時に設定していました。すると娘から 『帰宅したとき、知らない人が家にいるのが嫌だ』と言われたんです」と大谷さんは当時を振り返ります。
開館時間を15時から15時30分にずらすことにして、まずはお子さんが帰ってきて「おかえり」と必ず伝えることを徹底しました。
いまでは、お子さんたちも家庭文庫が家庭の一部になり、家族みんなが「子どもの図書館 あいすちゃん」に賛成してくれています。
ただ、大谷さんはお子さんたちに「家庭文庫をやってほしくなかったら言ってほしい。ママやめるからね」と伝えているそうです。
大谷さんの幸せの中心は、家族です。
「もちろん家庭文庫の活動は、家族の了解を得て、長く続けていきたいと思っています」と大谷さんは笑顔で話してくれました。
赤ちゃんを持つママたちに来てほしい理由

大谷さんが今後力を入れたいのは、赤ちゃんを持つママたちへのアプローチです。
「子どもの図書館 あいすちゃん」では、年に数回、ママたちが集まれる日を作っています。
ママたちには、誰かに相談できる場所を提供したいという想いがあります。そして赤ちゃんたちには、小学生・中学生と大きくなって居場所が欲しいときに、ぜひ「子どもの図書館 あいすちゃん」を利用してほしいそうです。
「赤ちゃんの頃から来てくれてたら、小学校になっても来やすいと思うんです。大きくなって『あんな場所あったなぁ』と思い出してくれれば、気軽に来れるかなって」と大谷さんは語ります。
不登校の子や中高生にも、家庭文庫の存在を知ってもらい、一度足を運んでもらいたいと思っています。しかし現状は、中高生で来てくれる子はほとんどいません。初めての場所に1人で行く勇気は、なかなか出ないものです。
オフラインで人と繋がることは楽しいし、心強いということを、居場所を求めている人にこそ知ってほしい。大谷さんは、家庭文庫の存在を今後どうやって届けていくのか、模索しています。
細く長く続けたい─10年先を見据えて

大谷さんが家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」を始めて3年。10年先の未来も見据えているといいます。
「この事業は長期戦ですから。具体的なことはまだ考えていませんが、細く長く続けていくことで、きっと何かが見えてくると思っています。居場所が欲しい子どもたちは、もっとたくさんいます」と未来を見据える姿に大谷さんの覚悟が見えました。
今日も「子どもの図書館あいすちゃん」で、学校帰りの子どもたちと、大谷さんの「おかえり」「ただいま」の声が聞こえてきます。
家庭文庫「子どもの図書館あいすちゃん」
場所:神奈川県横浜市港南区東芹が谷
LINE:https://line.me/R/ti/p/@892omifo
※場所・開館日など詳細につきましては、ホームページかLINEでお問合せください。




