
「第二の人生を歩もうと思いまして……」
静かに語る後藤洋明(法名・釋峰明、しゃくほうみょう)さんが、空き寺だった滋賀県長浜市『極樂寺』の第19世住職となったのは、2025年7月のこと。
釋峰明さんは、寺族(寺で生まれた人)ではありません。しかも、元警察官という経歴を持ちながら、会社員を経て仏門の道に進んだといいます。
まず最初に思い浮かんだのは「どうして仏門に?」という疑問。さらに、後藤さんの住まいは長浜市ではなく隣の米原市。必然的に「縁もゆかりもない土地の寺に?」という疑問も浮かび上がります。
今回は、さまざまな思いを抱いて住職となった後藤さんに、仏の道を志したきっかけや住職になる手続きなどについて詳しく伺いました。
「生死」の現場を見て仏門を志す

後藤さんは、警察官を35年間勤めた後に4年間の会社員を経て大谷専修学院に入学。その後、『極樂寺』の住職を勤めるようになりました。大谷専修学院は、真宗大谷派が運営する一年全寮制の僧侶養成の専門学校で「真宗大谷派教師資格」が取得できる学校です。
4年間の会社員生活では、体験型観光庭園『ローザンベリー多和田』と、コンピューターソフト販売企業に勤めていたといいます。
『ローザンベリー多和田』では、羊とポニーの世話をしていたとのこと。警察官とのギャップはジェットコースター並みの落差があるように思えます。しかし、後藤さんは人当たりもよく温和な人柄なので、羊やポニーからも好かれていたのではないでしょうか。
そんな後藤さんが仏の道を志したのは、警察官時代だったといいます。
35年間の警察官生活で見た凄惨な現場とは
後藤さんは警察官時代、主に警備警察を担当していました。SPの仕事や災害警備、オウム真理教などの捜査を行っており、最後は留置管理を担当したそうです。
「警察官として仕事をする中で人の生死の現場を数多く見てきました」
後藤さんはこれまで、多数の死者が出た現場を何度も体験したといいます。
信楽高原鉄道列車事故
「第一は、信楽高原鉄道列車事故です。私は当時信楽交番で勤務しており、すぐに現場に駆けつけましたが本当に悲惨な状態でした」
信楽高原鉄道列車事故は、1991年(平成3年)滋賀県甲賀市信楽町で起きた信楽高原鉄道の列車とJR西日本の臨時列車が正面衝突した事故です。死者42名の大惨事であり、体育館に42名の棺が並んでいる場面は今でも忘れることができないと語ります。
阪神・淡路大震災
「第二は、1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災です。私は、滋賀県警選抜の機動隊員として兵庫県に派遣されています。甲子園警察署に行ったとき、警察署の駐車場に山のように積まれていた空の棺を見たとき、震災の悲惨さを身をもって感じました」
阪神・淡路大震災の犠牲者は6,434人。釋峰明さんは当時を思い浮かべ、凄惨な現場での体験を詳しく語ってくれました。
また、2011年(平成23年)の東日本大震災も、仏の道を志すきっかけになったといいます。東日本大震災の現場には派遣されなかったものの、派遣された部下の方から阪神淡路大震災以上の悲惨な現場だったと聞いたとのこと。
教誨師(きょうかいし)になりたい
「私は警察官だったので、犯罪者と接する機会も多くありました。ですので、警察を退職した後も教誨師として受刑者や少年に接したいという思いがありました」
教誨師とは、刑務所や少年院などで受刑者や少年に対して宗教的な立場から助言や導きを行う仕事です。後藤さんの凄惨な現場での体験と教誨師への思いがつながります。
「将来は、空き寺の住職となって生活できたら良いなと、いつの頃からか思うようになりました」
また、後藤さんは多くの寺院が空き寺となっていることにも危機感を覚えているとのこと。
「日本の寺院が住職不在の空き寺になることは、日本の危機だと思うようになりました。それも住職になるきっかけの一つです」
現在、滋賀県内の空き寺は想像を遥かに超えた数で、寺院の空き寺問題や後継者問題は真宗大谷派だけの問題ではありません。大きな社会問題と言っても過言ではないでしょう。
住職になるまで

真宗大谷派では、住職になるためには「教師」という儀式執行が行える資格が必要になります。僧侶になる儀式として「得度」がありますが、「得度」で僧侶になるだけでは、住職にはなれないとのこと。
「教師」の資格を取得するためには、全寮制の大谷専修学院や同朋大学の別科(1年)、大谷大学(4年)、九州大谷短大(2年)、大垣などにある真宗学院、宗門が実施する試験に合格しなければなりません。
実際に住職になるまでには、以下7つの課題をクリアしなければならないそうです。
- 自分の所属寺を見つける
(仏教徒として生きる上の自分自身の師匠を見つける) - 得度考査を受験する
- 得度する
(真宗大谷派では、親鸞聖人が9歳で得度したので、9歳から得度可能) - 教師の資格を取る
- 前期、後期修練を受ける
- 寺院を探す
- 住職となる
本人の努力により手順を踏めば、僧侶にはなれます。一方で、住職になるには、少しハードルが高いようです。
僧侶の試験は厳しい
真宗大谷派の僧侶になるには、得度考査に合格しなければなりません。得度考査は、声明(お経を勤める)の試験があり、今まで声明を勤めたことがない在家(寺族以外の人)の人間が得度考査に合格するには、ハードルが高い試験です。
後藤さんも毎朝6時30分から1時間の練習を約半年間続けて得度考査に臨んだといいます。練習の甲斐もあり、「よくお稽古されましたね」と試験官である教務所長に褒められたそうです。
得度考査に合格すると、ようやく本山(東本願寺)で宗祖親鸞聖人の御前で得度式を受け、僧侶となります。ただし、ここで真宗大谷派の僧侶と認められても、葬儀や法要などの儀式執行ができるわけではありません。
儀式を執行するには、前述したとおり「教師資格」を取得する必要があります。仕事を持っている人は、真宗学院の土日コースや夏休みコースなどを利用して取得されるそうです。
さらに、合計14日の「前期修練」と「後期修練」の研修を本山で受けなければなりません。
「夏は暑く、冬は寒いという、大変厳しい修練です」
後藤さんは、その厳しさを語ります。修練中は禁酒は当然のこと、外出も携帯電話の使用も禁止とのこと。
前期・後期修練のなかでも特徴的な研修が、「全文筆記」です。講師の先生の言葉を一言一句漏らさずに筆記し、それを全員で合わせて正しい講義内容を作成し、それについてみんなで話し合うという内容。
「もちろん、ICレコーダーも使用禁止なので大変でした」
前期修練と後期修練を無事に終了した人が、教師資格を拝受することができます。
在家の人にとって寺院探しは大きな課題

住職になるには、大きなハードルがあります。
まず、僧侶となるために所属寺を見つけなければなりません。これは自分の師匠であり、保証人のような意味もあります。僧侶を目指す人のなかには、自分の師匠(所属寺)が見つからず過去には大谷専修学院を卒業したにもかかわらず、僧侶になることを断念する人もいたとのこと。
次に、自分で空き寺を探さなければなりません。
「教師の資格を取得したら、職業安定所のように本山が全国の空き寺を斡旋してくれると思っていたのですが、実際はそんなことはありませんでした」
後藤さんの場合は、大谷専修学院に入学する前に朝の勤行(お勤め・法要)として通っていた長浜市内の大通寺で偶然に内陣に出仕しておられたご住職様に声を掛けられて紹介してもらえたそうです。
度重なる面接を経て住職に
極樂寺の前住職が亡くなられたのは、今から約20年前。その間、坊守様が一人で寺を守ってきたそうです。
「私が入寺するということで、坊守様は極樂寺を私に引き渡し、昨年4月に老人ホームに入所されました。この極樂寺を一人で守ってこられた坊守様には頭が下がります」
後藤さんが大谷専修学院に通っていた間に、極樂寺の役員面接を何度も受けたといいます。さらに、門徒総会で住職継承が承認され、自宅への寺役員と代務者の住職継承依頼の訪問がありました。
正式に極樂寺の住職継承の依頼があったのは、2025年1月のこと。
その後、5月に寺院の引き渡しを受け、6月に本山での二泊三日の住職修習を受け、住職の辞令を受けました。極樂寺での住職継承法要を執り行ったのは7月でした。
ここまでの経緯で、ようやく極樂寺の住職として法要や葬儀等を執り行えるようになったといいます。
後編に続く




