300年以上続く酒蔵を守るということは、お酒を造り続けることだけではありません。歴史や文化を受け継ぎ、人をつなぎ、地域とともに歩み続けることでもあります。
大阪府河内長野市で300年以上の歴史を刻む酒蔵「天野酒」。
酒蔵の経営を立て直し、「酒造りは町づくり」という想いのもと、地域文化を未来へつないできたのが10代目蔵主・西條陽三さん。
今回は、西條さんが語る酒造りへの想いと、地域とともに歩む酒蔵の姿をご紹介します。

文献だけでは再現できなかった僧房酒

現在販売されている復古酒「僧房酒 天野酒」。
もともとは天野山金剛寺(あまのさんこんごうじ)で造られていた僧房酒で、「天野比類無シ」「美酒言語ニ絶ス」と称されるほど評判となり、豊臣秀吉のみならず、織田信長、徳川家康など多くの武将にも愛されたと伝えられています。
平成3年、天野山金剛寺のご厚意と地域の方々の想いを受け、その僧房酒を現代によみがえらせることになりました。しかし、その再現は決して簡単ではありませんでした。
「先代から、相当苦労したと聞いています。」当時、西條さんはまだ酒蔵へ戻る前のことです。
すべての製法が完全に残されていたわけではありません。天野山金剛寺に伝わる古文書や、東京大学に保管されている日本最古の酒造技術書『御酒之日記(ごしゅのにっき)』などを専門家とともに解読し、一つひとつ試行錯誤を重ねる日々が続いたそうです。
その中で、残されていた記述の一つが、
「最後は琥珀色になる。」
という一文でした。
再現した酒がその色になった瞬間、
「作り方は間違っていなかった。」
そう先代が胸をなで下ろしたと、西條さんは話してくださいました。
「今の方が水も米も精度が高いから、昔よりおいしい酒になっていると思う。でも、できる限り当時の味や作り方に近づけるようにしています。」
伝統を守りながらも、現代だからこそ実現できた復古酒がそこにはありました。
「立て直すために選ばれた」という覚悟

「300年以上続く酒蔵」と聞くと、ずっと順調に続いてきたように感じます。
しかし西條さんは、静かに首を振りました。
「10代も続けば、右肩上がりの代もあれば、現状維持の代もある。もちろん下降する代もある。」
長い歴史の中には、酒蔵が苦しい時代もありました。
だからこそ、
「僕は立て直すために選ばれたと思ってる。」
そう語ります。
もともとは別の仕事に就いていましたが、10代目として酒蔵へ戻り、赤字だった酒蔵を立て直すことが、自分に与えられた役目だったと振り返ります。
「もっと大きくしたいというより、とにかく元の状態まで戻したかった。」
その想いだけで必死に走り続けたそうです。
そして酒蔵が安定した今、
「これで僕の役目は終わった。」
そう話す表情は、達成感というより、次の世代へ安心してバトンを渡せる安堵のようにも感じられました。
良い酒は、良いチームから生まれる

酒造りで一番大切なものは何か。そう尋ねると、西條さんは迷うことなく答えました。
「一番大事なんは、チームワーク。」
酒造りに欠かせないのは、お米や水。どちらももちろん大切です。
それでも西條さんは、「一番大切なのはチームワークなんです」と話します。
「24時間、生き物は止まらないからね。」
麹や醪は生き物です。24時間止まることなく変化し続けるため、昼夜を問わず様子を見ながら手をかけ続けなければなりません。蔵人たちは住み込みで生活を共にし、一人ひとり性格も育ってきた環境も違います。だからこそ、お互いを理解し、支え合うことが良い酒造りにつながるのだそうです。
「良い酒は、良いチームから生まれる。」
そんな想いが伝わってきました。
良い酒を造る前に、良いチームであること。
その考え方こそが、西條さんの酒造りの根底にあるのだと感じました。
酒造りは町づくり
西條さんのお話を伺っていて、何度も印象に残った言葉があります。
「酒造りは町づくり。」
その一言には、お酒を造るだけではない酒蔵としての役割が込められていました。
「街の中に溶け込んでいる。そこで酒蔵の良さが出るんですよ。」そう話す西條さん。
現在は酒造りだけではなく、地域の活性化にも積極的に取り組まれています。
蛍の保護活動をはじめ、「蛍の宴」の開催や、11月には杉玉づくりを実施し、地域の家庭へ杉玉を配る活動も続けています。
実際に河内長野の街を歩いていると、民家の軒先にも杉玉が飾られており、酒蔵と地域が自然につながっている様子を感じることができました。
「地域の人が集まる場所を作りたい。」
「子どもから大人まで、みんなが自然と集まれる場所になったらええなと思ってる。」
お酒を楽しむだけではなく、人が集い、河内長野という街を知るきっかけになる場所です。
さらに西條さんは、こんな言葉も話してくださいました。
「『継続は力なり』ってあるでしょ?あれ、好きなんですよ。」
「森林ボランティアの方々がいるからこそ、杉玉づくりや蛍の保護活動を続けることができる。続けることが何より大事なんです。」
酒蔵だけが頑張るのではなく、地域の人たちとともに歩みながら活動を続けていく。
その積み重ねが、300年以上続く酒蔵の新たな魅力を生み出しているように感じました。

次の世代へ託す想い
現在、11代目となる息子さんは輸出関係の仕事に携わっています。
「海外へ広げるのは息子の仕事なんかなぁと少し思ってる。」
だからこそ、自分はあえてその分野には手を出さないそうです。
「挑戦したいことがあるなら背中を押す。」
「違う方向へ行きそうなら止める。」
「それが今の僕の役目かな。」
300年以上続く酒蔵だからこそ、変えてはいけないものがあります。一方で、時代に合わせて変わるべきこともあります。
その両方を見極めながら次の世代へ託していくことも、蔵主として大切な役目なのだと感じました。
地域とともに歩む酒蔵の姿
「300年以上続く酒蔵」と聞くと、歴史ある建物や伝統的な酒造りに目が向きがちです。
しかし実際にお話を伺って感じたのは、歴史を受け継いできたのは建物ではなく、「人」でした。
その時代ごとに与えられた役目を果たし、次の世代へ想いを託していく。
その積み重ねが、今日まで続く天野酒の歴史を築いてきたのです。
「酒造りは町づくり」
そう語る西條さんの姿勢こそが、300年以上続く天野酒の魅力なのだと感じました。

天野酒蔵元 西條合資会社
住所:大阪府河内長野市長野町12-18
営業時間:10:00~17:00
定休日:1月1日(年始・不定休あり)
TEL:0721-55-1101
FAX:0721-56-1101
最新の情報やお店の詳細は、公式ホームページやInstagramで発信されています。
気になる方はぜひチェックしてみてください。



