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フード  |    2026.03.12

日本一美味しいベビーカステラのキッチンカー大黒屋物語|大阪府東大阪市【後編】

ベビーカステラ大黒屋――焼き上がったベビーカステラをヘラで取っていく様子

祖母の駄菓子屋「大黒屋」の名を残すため、ベビーカステラのキッチンカーを立ち上げた赤井兄弟。3年をかけて理想の味にたどり着き、ようやくキッチンカーとしての営業を始めました。

後編では、2号車製作のお話や、天川村での出店を通して感じたこと、そして今後の展望について紹介します。

前編はこちら

日本一美味しいベビーカステラのキッチンカー・大黒屋物語|東大阪市【前編】

自作で挑んだキッチンカー2号車

ベビーカステラ大黒屋――キッチンカー2号車とお兄さん
大黒屋2号車(写真:赤井さん提供)

平日は本業があるため、キッチンカーの稼働は土日祝日のみという制約付き。週末のイベントやお祭りを中心に出店を重ねる中で、大黒屋のベビーカステラは大きな反響を呼びました。当初焼き台1台で焼いていましたが、焼いても焼いても間に合わず、5か月後には2台目の焼き台を購入したといいます。それでも追いつかない状況が続き、営業開始から8か月目にはキッチンカー2号車導入の準備に入りました。しかも、その2号車は既製品ではなく自作!

ベビーカステラ大黒屋――キッチンカー2号車製作の様子
2号車製作中の様子(写真:赤井さん提供)

実は赤井さん、前職で溶接の仕事に就いていたのだとか。「買わなくても自分で作れると思ってました。何でも自分で作ってしまうタイプなんですよ」と笑います。

ただ、技術を持っているとはいえ、溶接するには設備が必要です。そこで、東大阪市・川俣本町にある千潤(ちひろ)鉄鋼の工場を借りて製作することに。そこは、以前赤井さんが勤めていた会社の元工場長が独立して立ち上げた会社でした。

本業と出店の合間を縫っての作業だったため、製作は少しずつ進める形になり、完成までに1年ほどかかったそうです。しかし、最初に購入したキッチンカーでの営業経験を活かし、車内に熱がこもりにくい構造にするなど改良を重ねた結果、1号車以上に使い勝手の良い2号車が完成しました。

ベビーカステラ大黒屋――2台目の焼き台でベビーカステラを焼く様子
ベビーカステラ大黒屋――キッチンカーでベビーカステラを焼く赤井兄弟。
列ができると、奥にある2台目の焼き台が稼働する。

大黒屋、出店エリアも戦力も拡大中

焼き台を増やし、2号車まで作った大黒屋は、スタッフも増やしてさらに馬力を上げていきます。より多くの人へベビーカステラを届けるため、愛犬同伴可能なペットのマルシェイベントにも積極的に出店中。なぜペットのイベントなのかというと、実は大黒屋には看板店長がいるのです。

その店長がこちら、ミニチュアダックスフンドの赤井九絵(くえ)さん、御年21歳。人間でいうと100歳を超えていますが、まだまだ元気です。

ベビーカステラ大黒屋――看板犬の赤井九絵(くえ)店長
写真:赤井さん提供

気候の良い時期、ワンちゃんのイベントに出店する時は、九絵店長も一緒に出勤することがあるそうです。無理のない範囲で、元気に店長業をこなしていらっしゃいます。
やはり犬好きの方が集まるイベントだけあって、九絵店長のおかげでお客さんとのコミュニケーションも弾むのだとか。店長の長寿と健康が、大黒屋の縁起の良さを物語っているのかもしれません。

天川村・凱旋営業の思い出

ベビーカステラ大黒屋――天川村・洞川にあった駄菓子屋の大黒屋
天川村・洞川(どろがわ)にあった大黒屋(写真:赤井さん提供)

大黒屋を続ける中で、赤井さん兄弟にとって忘れられない出来事がありました。それは、天川村でのイベント出店です。

「駄菓子屋の大黒屋がなくなったことを、ぼくも兄貴もずっと悲しんでました。でも、天川村の地元の人たちがどう思ってるかを知る機会が、それまで無かったんですよ」

天川村のイベントに出店したとき、赤井さんは初めてその想いを知ることになります。

『大黒屋って、あの大黒屋?』

ベビーカステラ大黒屋――天川村・洞川にあった駄菓子屋の大黒屋
ただの駄菓子屋ではなかったお店(写真:赤井さん提供)

多くの人が、キッチンカーの「大黒屋」の文字を見て声をかけてくれました。事情を説明すると、地元の人たちは口々に語り始めます。
「大黒屋はうちらの青春の場所だったんです」
「なくなったのがホンマに悲しくて」

大黒屋でお菓子を買って、店先で遊んでいた思い出を語る人たち。大黒屋は駄菓子だけでなく何でも置いている「何でも屋さん」だったそうで、長きに渡って小さな村の生活を支える存在だったのです。キッチンカーという形ではありますが、「大黒屋が復活してくれて嬉しい」と皆さん心から喜んでくれました。

「ベビーカステラもむちゃくちゃ美味しいって言ってくれて。その時が一番、“やってて良かったな”と思いましたね」

レシピは進化し続ける

ベビーカステラ大黒屋――「大黒屋の こだわり」のタペストリー

仕込みはイベント前日の夜。早々に売り切れてしまわないよう、開催規模の大きなイベントではかなりの量を作るそうです。しかし、「イベントは行ってみないと分からない」のが現実で、来場者が想定より少ないことも多々あります。それでも、大黒屋目当てで足を運んでくれる人が増えてきました。「このベビーカステラを買うために来た」「大黒屋が出てるからイベントへ行こうと思った」と言ってもらえることが、何よりの励みになっているのだそう。

ベビーカステラ大黒屋――紙袋に入ったベビーカステラ

「今こうやってベビーカステラを焼き続けて、出来上がってはいるんですけど、まだまだ美味しくなるんじゃないかと思ってて。今でもレシピはずっと考えてます」

日々レシピを改善し、さらに美味しくなる方法を模索し続けているという赤井さん。完成形はなく、常に進化し続ける。それが大黒屋のベビーカステラです。

今後の目標は、全国制覇

ベビーカステラ大黒屋――赤井兄弟

「日本一のベビーカステラを、もっとたくさんの人に食べていただきたいですね。ベビーカステラといえば大黒屋と言われるように、全国制覇を目指します

「日本一」と胸を張って語る赤井さんの言葉には、積み重ねてきた試行錯誤の時間と経験が滲んでいました。駄菓子屋の大黒屋が天川村の人たちの記憶に残り続けているように、次はベビーカステラの大黒屋が、その名と日本一の味をたくさんの人に届けていきます。

 

大黒屋

出店情報はInstagramをご確認ください。
Instagram:@daikokuya83

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この記事を書いた人

九重 十彩

生まれも育ちも東大阪市。カフェ巡りから一人飲みまで、美味しいものと共に在りたいWebライター。 実は調理師免許を持ってるけど、ほぼほぼ持ってるだけ。 大阪の中核市としての一面と、生駒山系の自然、振り幅の広~い「モノづくりのまち東大阪」の魅力を発信していきます。

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