
名古屋市北区・大曽根商店街。
歩き出すと、平成初期の街角のようなノスタルジーがふと胸に触れます。
当時の雰囲気をまとったまちなみや三角屋根の建物のあいだに“ちょっとした謎のオブジェ”がひょっこり顔を出すまち。
ゆるやかな時間が流れるこの場所には、新しい気配もそっと芽吹いていました。なつかしいのに新鮮で、なんとも不思議な空気が漂っています。
商店街の一角にある「喫茶はじまり」は、2023年にオープンした喫茶店。看板メニューの「小倉トースト」で、日々おいしさを仕掛けています。自然と人が集まり、つながり、また戻ってくる場所です。
店主の高野さんに話を聞けば聞くほど、この小さな喫茶店には想像以上に“てんこもり”の魅力がありました。
小倉トーストを入り口に、人との出会いや新しい趣味がひそかに動き始めています。思いがけない物語の“はじまり”です。

大曽根商店街で生まれた「喫茶はじまり」のはじまり
以前は業務用パンメーカーで働いていた高野さんですが、最初は商店街での起業を考えていたわけではありませんでした。
きっかけは、名古屋市が主催する「商店街オープン」への参加。空き店舗活用を入り口に、内外の人が話し合い、商店街の可能性をもう一度ひらいていくプロジェクトです。
まちづくりへの関心から、いろいろな場に顔を出していた高野さん。知り合いに誘われて、堀田本町商店街(瑞穂区)で行われていた商店街オープンの集まりにも顔を出してみたそうです。
商店街で実際にお店が生まれ、そこから起きていく変化を間近に見るうちに、「商店街でお店をつくるのもいいな」と感じるようになりました。
それから約2年後、大曽根商店街が商店街オープンに手を挙げます。名古屋三大商店街のひとつとしてにぎわった場所ですが、最盛期に比べると人通りは減っていました。この取り組みから、複合施設「つどいタウン」が生まれ、1階・2階に「喫茶はじまり」が入ることになりました。

ちょうどその頃、高野さん自身も会議に参加したり、ボランティアとして関わったりしながら、大曽根商店街との関係を深めていました。「つどいタウン」の物件に決めたのも、商店街の人たちがつないでくれたご縁でした。
こうして、高野さんが“小倉トースト”と“あんこ”に本気で向き合う物語が始まります。
小倉トースト・あんこメニューに行き着いたわけ

名古屋の喫茶店ではおなじみの小倉トースト。焼いたパンにバターやマーガリンを塗り、あんこをのせた“なごやめし”は、モーニング文化にも欠かせない存在です。
喫茶はじまりでは、定番の小倉トーストをはじめ、あんこに特化したメニューが盛りだくさん。あんこコーヒーやぜんざい、さらに全ドリンクに付くミニあんこ(!)など、あんこ好きなら目移り必至です。

決め手のあんこは、地元・北区の老舗製餡所のもの。週替わりの小倉トーストには、遊び心のある変わり種も登場し、あんこの楽しさをじわりと広げています。
個性的なあんこメニューに行き着いたのは、必然だったようです。開業を控え、高野さんが選んだのが名古屋名物・小倉トーストの展開でした。
振り返れば、喫茶店にパンを届ける仕事の中で、小倉トーストに関わるようになったといいます。「名古屋の喫茶店文化を盛り上げたい」という思いから、小倉トーストの魅力を伝える活動もすでに始めていました。
その道の先にあった喫茶はじまりの開店。積み重ねてきた経験が確かな裏付けになりました。

あんこメニューが目を惹く喫茶店ですが、「飲食はおまけ」だといいます。その言葉の奥には、店づくりの根っこにある思いがありました。
「喫茶はじまり」がつくる、新しい喫茶店のかたち
いつか商店街が再び盛り上がったとき、「そういえば、あのお店がはじまりだったよね」と言われるような場でありたい。
ここで出会った人たちが何かを始め、振り返ったとき、「あそこがはじまりだったよな」と感じてもらえる存在になりたい。
「喫茶はじまり」という名前には、そんな願いが込められています。

「新しいジャンルを作りたかった」と高野さんはいいます。さまざまなイベントを通じて、お客さん同士がゆるやかにつながるきっかけをつくってきました。
それでも、入り口はあくまで“普通の喫茶店”。「ひらかれた場」であり続けるためのこだわりです。
いわゆるコミュニティカフェを名乗れば、積極的に交流したい人だけが集まり、「ちょっとつながりたいけど、そういう場所は苦手」という人が来づらくなる。
だからこそ、イベントは多くても、貸し切りにはしない。夜に1階を居酒屋風に貸し切りにすることがあっても、2階席のお客様には声をかけない。ディープであっても内輪に閉じない工夫が、お店のひらかれた空気をそっと支えています。
店内にも、そのこだわりが表れています。井戸端会議みたいに人が集まれるよう、1階には縁側のような席を、2階には小あがりを設けました。

まちや人と一緒に年月を重ねていけるように——そんな願いが宿る、木のぬくもり空間です。コンセントも完備し、作業やイベントにも使いやすい。

近所の集まりやランチ利用、作業ついで、女子会、常連さん同士の交流など、使い方は本当にさまざまです。勉強する学生や、ひとりで読書を楽しむ人の姿もあります。
そこに楽しいイベントのチラシが貼られ、世界がそっとひらいている。誰もがふらりと入れる“普通の喫茶店”という言葉の意味が、自然と腑に落ちました。

毎週土曜日「大曽根モルック部」活動中

店の外にも、ひらかれた場は広がっています。毎週土曜日には、大曽根商店街の広場で「大曽根モルック部」が活動中。モルックブームより前から続けてきた高野さんが立ち上げた、誰でもふらっと参加できる“まちの部活”です。
モルックは着替えもいらず、汗もかきすぎない、やさしいスポーツ。ここでもまた、小さな“はじまり”が生まれています。
持続可能なまちづくりを見据えて

最後に、今後についてもお話を伺いました。
喫茶店から始まるまちづくりを掲げてスタートした「喫茶はじまり」。高野さんは、商店街のまちづくりというと、ついイベント中心になりがちだと感じているといいます。
商店街の屋外イベントでにぎわっても、翌月にお客さんが戻らなければ“イベント疲れ”してしまう。
お客さんが来ない理由を、まちづくりやにぎわいだけに求めず、お店の広報や経営にも目を向ける必要があるのでは——と考えるようになったそうです。
「まずは自分の店を、ちゃんと繁盛店にすること。そうでないと、商店街全体の話はできないと思っているんです」。そう語りながら、興味のある商店街のオーナーを集めて、マーケティングの勉強会を開く構想も話してくれました。

“非公式”ファンクラブという企て
まちづくり活動が“ボランティア前提”で進んでしまうことにも課題を感じてきたそうです。無償の活動は生活が優先になりやすく、継続が難しいといいます。
「まちづくりを続けるには、経済活動として成り立たせる必要がある」。
最低賃金分と交通費は支給できる仕組みを整えたいと話します。商店街に来た人がまちづくりに興味を持ったとき、ボランティア以外の関わり方も選べるようにしたいからです。
その一歩として、喫茶はじまりを拠点に、大曽根商店街の非公式ファンクラブの準備を進めています。非公式という立場を活かし、公の組織では踏み込みにくい収益化にも取り組む予定です。
非公式グッズの販売で活動資金をつくり、商店街に来る人とまちへの関わりをひらく——そんなひそかな企てです。

小倉トーストからはじまる、人とまちの物語
おいしい小倉トーストを目当てに訪ねた喫茶店で、まだ知らないまちと出会う。
初めてだと少し勇気がいることも、ここでは“つまみぐい”のように気軽に試せる。どこかゆるっとした体験が、趣味や好きなものの“はじまり”を芽生えさせてくれます。
小さな“はじまり”が重なって、
人と人、人とまちがつながり、物語が続いていく。
「喫茶はじまり」では、そんな出会いが今日も生まれています。
店舗情報
店名:喫茶はじまり
住所:愛知県名古屋市北区大曽根2丁目9-57
営業時間:11:00~21:00(日曜は17:00まで)
休日:不定休(公式SNSなどでお知らせ)
公式サイト:https://kissa-machidukuri.com



