地域創生メディア  Mediall(メディアール)

オンリーワン・ナンバーワンがそこにある 応援の循環を作る 地域創生メディア

スポット  |    2026.04.04

食だけじゃない、横浜中華街|信仰と街の構造を歩いて知る

横浜中華街の様子

横浜中華街と聞いて、まず「食」を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。

小籠包や北京ダック、麻婆豆腐、フカヒレ料理、点心など、食べ歩きから本格中華まで幅広く楽しめる点は、この街の大きな魅力です。

一方で、横浜中華街が現在の姿に発展してきた背景には、信仰や思想を土台とし、意図をもって形づくられてきた「街」としての歴史があります。

実際に歩いてみると、食だけでは語りきれない、横浜中華街の成り立ちや価値観が見えてきました。

本記事では、歴史と街の構造から、その魅力を読み解いていきます。

街ができるまで|横浜中華街のはじまり

横浜中華街の歴史は、1859年の横浜港開港とともに始まります。

港町として発展していく横浜には、貿易や仕事を求めて多くの外国人が集まり、中国から渡ってきた人々もこの地に根を下ろしました。

明治初年には、横浜に暮らす華僑は約1,000人を超えたとされ、居留地の一角だった地域に人が集まり、やがて生活の場としての街が形成されていきます。

そうした暮らしの中で欠かせなかったのが、信仰の存在でした。

横浜中華街には、商業地でありながら、街の中心や要所に廟(びょう)や門が配置されています。これらは単なる観光施設ではなく、人々の価値観や日常を支える存在として、今も大切に受け継がれています。

街の中心にある信仰|関帝廟と媽祖廟

横浜中華街には、廟と呼ばれる信仰施設が2か所あります。

いずれも華僑の人々の精神的な拠り所であり、現在でも多くの参拝者が訪れる場所です。

関帝廟──街の核となる存在

横浜中華街の中心に位置する関帝廟(かんていびょう)は、この街を象徴する存在のひとつ。

祀られている関帝(関羽)は、中国三国時代の武将で、「義」「信」「忠誠」を重んじた人物として知られています。

商売繁盛や人との縁を守る神として、厚い信仰を集めてきました。

関帝廟の外観

商業の街である横浜中華街の中心に関帝廟が置かれていることから、利益だけでなく、信義を重んじる価値観がこの街の基盤にあったことがうかがえます。

通りの喧騒の中にありながら、一歩境内に入ると空気がきりっと切り替わるのが印象的でした。

参拝の際は、受付で線香を受け取り、本殿外に並ぶ番号付きの香炉に順に供え、身を清めます。

関帝廟での参拝

本殿内では、関聖帝君をはじめとする神々に順番に参拝しますが、参拝方法は丁寧に案内されており、初めてでも戸惑うことはありませんでした。

媽祖廟──港町とともにある祈り

もうひとつ、横浜中華街に欠かせない存在が媽祖廟(まそびょう)です。

媽祖は、航海や海の安全を守る女神として、中国沿岸部を中心に信仰されてきました。

港町・横浜においても、媽祖信仰が根付いたことは自然な流れだったとも言えます。

媽祖廟(まそびょう)の様子

こちらでも線香をいただいて参拝。
関帝廟が力強さを感じさせる空間であるのに対し、媽祖廟は生活に寄り添うような、やわらかな雰囲気が印象的でした。

媽祖廟で線香をいただいて参拝

街全体を包む構造|四神の門を歩く

横浜中華街を俯瞰すると、もうひとつの特徴が見えてきます。
それが、四神思想に基づいて配置された門の存在です。

四神とは、東西南北を守る四つの神獣のこと。
東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武が、それぞれの方角を守るとされています。

南門(朱雀門)

東門(朝陽門)

西門(延平門)

北門(玄武門)

4つの門を比べてみると、お気づきでしょうか。
各門には神獣の意匠が施され、色使いも四神思想に基づいて設計されています。

さらに、四神の長とされる黄龍を象徴する装飾が施されたのが、横浜中華街の顔ともいえる善隣門です。

横浜中華街の善隣門

観光地の奥にある、もうひとつの横浜中華街

関帝廟や媽祖廟、四神の門の意味を知りながら歩くと、横浜中華街の見え方は大きく変わります。

観光地として知られるこの街には、長い時間をかけて受け継がれてきた信仰や思想、そして人々の営みがありました。

建物や門を意識して歩くことで、横浜中華街のもうひとつの表情に出会えるはずです。

記事をシェアする

この記事を書いた人

はなぴき

1996年生まれ。「旅行はしたいけれど下調べが多くて大変!」こんな思いを解決できるよう、旅程づくりに役立つ情報を発信します。

関連記事