
静岡県浜松市・春野町で、和精油ブランド「山香」を手がけている春野スプリング製作所。金属バネの製造を本業としながら、地域の山や農の資源に目を向け、香りを通したものづくりにも取り組んでいます。
今回の取材では、手仕事を中心に進められている蒸留の現場を見学しました。体験を通して見えてきた、山香の蒸留工程や精油づくりの特徴をご紹介します。
| 本記事は、同社の取り組みを紹介したインタビュー(山の香事業部:牧野一彦さん)に続く内容です。前編では、春野という土地の資源を活かした精油づくりの考え方についてお伝えしました。 こちらに前編のURLを貼り付けたいです |
山の水を使って香りを引き出す蒸留

山香で行われている蒸留は、手作業を基本に進められています。鍋に原料を入れて蒸し、立ち上がった蒸気を冷却することで、精油成分を取り出すという仕組みです。
蒸留工程の特徴のひとつが、冷却に山から引いた天然の水を使っているところです。冷水で蒸気を一気に冷やすことで、蒸気は水分と油分に分かれ、そのうち油分が精油となります。
現場でその工程を見ていると、蒸された蒸気が冷却され、次第に滴となって一滴ずつ静かに落ちていく様子が目に入ります。
香りは一度に大量に取り出されるのではなく、時間をかけて少しずつ抽出され、精油へと姿を変えていくもの。山香の精油づくりが手間と時間を重ねていることが、自然と伝わってくるようでした。
山の水を使い、山の素材から香りを引き出す。春野という土地の環境をそのまま活かした蒸留方法は、山香ならではのものづくりといえます。
精油になるまでの時間──蒸留直後と熟成の話

蒸留したばかりの精油は、すぐに完成した香りになるわけではありません。
「蒸留直後は、香りがまだ熟成しておらず、少し煮出したような香りに感じることもあります」
フローラル系やハーブ系は比較的早く香りが整う一方で、柑橘系は2〜3か月、樹木系では半年から1年ほど置くことで、精油としての香りが安定していくといいます。
「そこ(熟成)までいって、初めて精油になる、という感覚ですね」
時間をかけて香りを落ち着かせていくことも、精油づくりの工程の一部として捉えられています。
この日は、柑橘系の「はるみ」を蒸留していました。蒸留を終えたばかりの精油を実際に確かめてみると、一般的にイメージされがちな柑橘の爽やかさとは異なり、どこか芳醇で、コクのある印象を受けます。蒸留直後ならではの香りの状態を、体感できる機会となりました。
数値だけでは測れない、精油と季節の関係

精油の抽出率は、原料によって大きく異なります。同じ柑橘類でも、0.7〜0.8%程度取れるものがある一方で、種類によってはわずか0.2%ほどに留まることもあるそうです。
こうした違いは、果皮や木部に含まれる油分の量によるものです。樹木系の精油も同様に、素材の状態によって抽出量が変わります。
さらに、同じ樹木であっても、採取する季節や場所によって、香りの出方に差が生じます。
「春夏は抽出率は高いですが、やや軽い印象になることが多いですね。秋になると抽出率は少し下がりますが、香りは落ち着いてきます」
気温や湿度、水分量など、自然条件の違いは、そのまま香りに反映されます。自然由来の素材を使う以上、香りに揺らぎが生じることは避けられません。和精油では、こうした変化を前提として香りと向き合う必要があります。
「多少の違いはあるかもしれませんが、それも季節ごとの楽しみですね」
毎回同じ香りを再現することよりも、その年、その季節の状態を受け止める。山香では、精油を自然の延長として捉え、変化を前提にしたものづくりを続けています。
蒸留を知ることで変わる、香りとの向き合い方

牧野さんは、精油の使い方について、「香りと記憶を結びつける」ことを大切にしているそうです。
たとえばクロモジの精油を使う際には、ゴルフの練習でナイスショットが出た直後に、香りを嗅ぐ習慣をつくります。その状態を何度も繰り返すことで、香りと感覚が結びついていきます。
「コースに出て、1ホール目にその香りを嗅ぐと、感覚がふっと戻ってくるんです。『行けるぞ』という、自信のような感覚ですね」
プレゼンの前や人と会う前など、緊張する場面で決まった香りを嗅ぐ。牧野さんにとって精油は、自分の状態を整えるための存在です。
精油の楽しみ方は人それぞれで、正解があるものではありません。ただ、蒸留の工程を知り、香りが生まれるまでの時間や手仕事を理解した上で使う精油は、より豊かで穏やかな時間をもたらしてくれるように感じます。
和精油は、日常の中で静かに寄り添いながら、その人自身の感覚と結びついていく。そんな存在になっていくのかもしれません。
山香/株式会社 春野スプリング製作所 山の香事業部
住所:静岡県浜松市天竜区春野町杉1076
電話:053-984-0220




