愛媛県松山市にある四国八十八ヶ所霊場・第51番札所「石手寺」。約1300年の歴史を持ち、国宝や重要文化財を有する名刹です。
多くのお遍路さんや観光客が訪れますが、石手寺は単なる観光地ではありません。そこには「祈り」があり、「再生」があり、そして今を生きる人に向けたメッセージがあります。
後編では、近年就任された住職「藤井俊良(ふじいしゅんりょう)」さんへのインタビューの模様をお伝えします。経営者から住職へ。異色の経歴を持つ新住職が語る、石手寺の“これから”とは。
石手寺の核にある“浄化と再生”の物語

石手寺の由来として語られるのが、遍路の元祖とされる衛門三郎の物語です。過ちを悔い、巡礼を重ね、そして“再生”を願った人物。
この物語こそが、石手寺のテーマだと住職は語ります。「石手寺に来た方が、心が浄化されて、また前を向いて帰っていってもらえたら。それが一番の本質だと思っています」
住職は、「再生」とは死んで生まれ変わることではなく、“今この瞬間に生き直すこと”だと言います。来世ではなく、今世で。未来ではなく、今この場で。
石手寺は、人生を立て直す“きっかけの場”でありたいと住職は語ります。
経営者から住職へ│異色のキャリア

現在の住職は、兵庫県出身。寺の家系ではなく、もともとはメディア事業を手がける経営者でした。複数の会社を運営し、自社メディアを立ち上げ、情報を整理し、伝える仕事をしていたといいます。
その後、義父である先代住職の逝去をきっかけに石手寺へ入りました。「経営も、実は仏教用語なんです。“経を営む”と書きます。どう継続させるかを考えるという意味では、本質は同じです」
企業経営と寺院運営。一見まったく異なるようで、どちらも「人」「情報」「お金」をどう活かすかという点で共通しているといいます。
仏縁│これまでの経験が今に

会社経営やメディア運営に携わったあと、寺へ入るという転機は、一見すると大きな方向転換のようにも感じられます。ですが住職は、「点と点が後から線になる」と語ります。経営で培ったビジョンを示す力、情報を整理する力、人にわかりやすく伝える姿勢のすべてが、いま石手寺での務めに活きているのです。
さらに、ご家族の病気という出来事を通して「祈る」ことの意味を深く実感したといいます。思い通りにならない現実の中で、ただ祈るしかなかった時間。その体験もまた、仏縁として現在の在り方につながっています。
偶然のように見える出来事も、振り返れば意味を持つ。石手寺という場で、住職は自らの人生そのものを通して、仏縁の不思議さを体現しているのかもしれません。
整理整頓と掃除│石手寺が変わり始めた理由

住職が強く意識しているのが「整理整頓」と「掃除」です。
「場が清まれば、心も清まる」これは住職が何度も口にした言葉です。前職では“わかりにくい情報を整理する”ことを大切にしていました。その経験が、今の石手寺にも活きています。
約1300年続く寺院。文化財が多く、歴史も深い。だからこそ、混沌としやすい。だからこそ、整理する。
「仏の教えを現代の人にわかりやすく翻訳して伝える。それが自分の役割だと思っています」
掃除や清めの会、護摩祈祷の継続。地味ですが、日々の積み重ねが“場”を整えていきます。
プレッシャーと向き合う日々

就任前はプレッシャーをあまり感じなかったと住職は言います。
しかし、実際に住職になってからは違いました。文化財の管理責任。先代住職のファンとの関係。信徒や職員との調整。
「24時間気を張っている部分はあります」
一方で住職は、ご家族や寺を支える職員の方々への感謝を何度も口にします。二歳、四歳、七歳のお子さんを育てながら寺に住み、日々向き合う暮らしは決して平坦ではありません。それでも「自分が率先して動く」と語り、共に働く人を先輩として敬い、偉そうに振る舞わない姿勢を大切にしています。

「石手寺は住職一人のものではなく、関わるすべての人で守り、次世代へ手渡していく場所です」その想いが、静かに根を張っています。
住職は、「運がいいかどうかは捉え方次第」と語ります。仏教の教え「八正道」の中の“正見(正しく見る)”を意識し、出来事をどう受け取るかを日々修行しているそうです。起こる出来事は同じでも、見る視点を変える。
それが浄化への第一歩なのかもしれません。
地域との関わり|「みんなの寺」であるために

「お寺というより、管理人のような立場なんです」
そう語る住職は、石手寺を“自分の寺”ではなく“みんなの寺”にしたいと話します。国宝や重要文化財を抱える寺院であるからこそ、「守る」のではなく「一緒に守っていく」姿勢を大切にしているのです。
「管理するというより、巻き込む。みんなで守る寺にしたい」
その象徴が、土曜朝に行う清めの会や、誰でも参加できる掃除の時間です。掃除をすると自然と愛着が湧き、「自分の場所」になると住職は言います。さらにクラウドファンディングや被災地支援なども行い、地域の誇りとしての石手寺を育てています。
国宝や重要文化財は、住職個人のものではなく、地域の誇りであり未来へ渡す宝だそうです。愛着は、関わることで生まれる。
「地域の人が、自分の寺だと思ってくれたら嬉しい」その言葉の通り、石手寺は今、開かれた祈りの場へと歩みを進めています。
石手寺の未来|浄化と再生を体現する場所へ

住職が何度も口にしたのは「浄化と再生」という言葉でした。元祖遍路・衛門三郎の物語に象徴されるこのテーマこそ、石手寺の本質だといいます。
「来た人が、気持ちを浄化して、また前を向いて帰っていける場所にしたい」
それは、死後の再生ではなく“今この瞬間の再生”。訪れた人が、自分の使命や願いを思い出し、もう一度歩き出すきっかけになる寺でありたいという願いです。
約1300年続く歴史を受け継ぎながらも、現代にわかりやすく仏教を伝えるという挑戦は静かに、確かに始まっています。
取材を終えて

インタビューを通して印象的だったのは、“住職らしくなさ”でした。偉ぶらない。肩書きに固執しない。藤井さんと呼ばれても自然体。
その姿勢こそが、石手寺を次の時代へ導く力なのかもしれません。
整理整頓と掃除。浄化と再生。みんなの寺。石手寺は今、静かに変わり始めています。




