「ご職業は?」と聞かれて「天文学者です」と答えると、たいてい一瞬、場がざわつくそうです。
「『天文学者、初めて見た』と、よく言われます。気難しくて、近寄りがたい人を想像するみたいですね」
そう言って笑うのは、天文学者であり、情報学博士でもある、萩野正興天文方(はぎの まさおき てんもんかた)さん。国分寺を中心に、天文台はもちろん、公園やカフェなどで、子どもから大人まで楽しめる天文イベントを企画・運営しています。
専門は太陽物理学で、元・国立天文台の研究者という、思わず身構えてしまうような経歴を持ちながら、カフェでコーヒーを片手に自身のことを「あなたのお抱え天文学者」と名乗る萩野さん。
萩野さんが研究室を飛び出し、まちに宇宙の話を届ける理由を伺いました。

分かりやすく、思わず引き込まれる話し方でイベントは大人気、ファンもたくさんいらっしゃいます
研究者時代を経て、天文方へ
太陽を追い、宇宙を研究し、いつしか国分寺へ
大学生の時に銀河の研究をしようとしていた萩野さんは、大学院で太陽に魅せられます。卒業後、韓国で研究者としてのキャリアをスタート。その後は京都大学の天文台、そして国立天文台へ勤務し、研究を続けてきました。太陽をはじめとする宇宙を追いかけるため、各地を渡り歩いた末にたどり着いたのが、個人での独立という選択でした。
拠点に選んだのは国分寺市です。かつて府中市のあたりに暮らし、このエリアに土地勘があったといいます。住んでみて、このまちのことが好きになったそうです。
「国分寺は、毎週のようにイベントがあって、にぎやかなんですよ。誰でも温かく受け入れてくれるまちなんです」
現在は工学院大学、明星大学で物理を教えるかたわら、国分寺を拠点に、各地へ宇宙の話を届けに出かけています。
生涯を、暦に捧げる
萩野さんの屋号は「萩野正興天文方(てんもんかた)」です。
天文方とは、江戸幕府に仕え、暦をつくっていた役職のこと。太陽や月、地球の位置を計算し、日食や月食がいつ起きるかを予測して、幕府に報告する役目を担っていました。
かつて日食や月食は、多くの文化で不吉なものとされていました。幕府は天文方の予測をもとに、その日を避けて政(まつりごと)の日程を決めていたといいます。
つまり天文方の計算ひとつが、国の重要な判断を左右していたのです。暦を間違えることは、社会を混乱させることと同じでした。
観測と計算に没頭するあまり、家族と離れ、健康を顧みず、若くして亡くなった天文方もいたといいます。 それほど、自分の生涯すべてをかけて取り組まなければならない仕事だったのです。
萩野さんは独立するとき、その覚悟ごとこの名前を背負うことにしました。「生涯、天文学者として生きる」。逃げ道をつくらず、天文学を追い求める姿勢が屋号になっています。

楽しませることに、手を抜かない
博士のカツラと布団の綿で、「ホンモノ」を語る
ここまでの話からはずいぶん硬派な方に思えるかもしれませんが、だからこそ際立つのが萩野さんの別の一面です。
学生時代、国立天文台で手伝いをしていたころのことです。年に一度の特別公開日の準備に追われていた時期、施設に貼られた、難しく堅苦しいポスターを見て、萩野さんは思いました。
「これで、来てくれた人は楽しめるのだろうか」
その思いは止められず、誰の許可も得ずに、展示中のポスターを小学生にもわかる内容の壁新聞に変えてしまいました。
その様子の面白さに共感した仲間が、太陽のキャラクターの絵を描きました。「フレア博士」と名付けられたそのキャラクターに、公開日の前日、誰かが言いました。
「フレア博士、本物がいたら面白くない?」
萩野さんはお店へ走り、カツラを買いました。白衣を着たものの、髭がうまく作れなかったので、布団の綿をちぎって鼻の下に貼りつけました。
これが、子ども向けイベントのナビゲーター「フレア博士」誕生の瞬間です。
当時は天文台の関係者に叱られたそうですが、その場の思いつきで始めたイベントは大成功。今では依頼を受け、特別公開日に堂々と博士として登場しています。

子どもに宇宙の魅力を届けるフレア博士。保育園のときに聞いたフレア博士の話を、
小学生になった今でも覚えていると話してくれた子どももいるくらい、夢中になります
フレア博士は小学校への出前授業なども行っています。その人気から帰り道に出待ちの子どもがいることもあるそうですが、そのときは着替えをせずに、フレア博士の姿のまま帰るそうです。
「某テーマパークのキャラクターが、ゲストから見えなくなるまで踊り続けているのと同じです。世界観を崩してはいけないので」
覚悟を決めた天文方が、茶目っ気たっぷりにかつらと髭をつけて車を運転して帰る、絶妙なバランス感覚。どちらも同じ「真面目」ですが、この振れ幅にこそ、萩野さんの面白さが詰まっています。
子ども騙しは、しない、できない
なぜ、そこまでするのでしょうか。見えてきたのは、萩野さんの一貫して「誰に対しても真正面から誠実に向き合う」姿勢でした。

例えば、月をテーマにイベントを開催するときは、球形のスクリーンに天体を立体的に投影できる「ダジック・アース」で、月の写真を映し出すところから始まります。萩野さんが映し出す月は、既成の画像ではありません。イベントの日時に、その場所から見える月の姿を、自分で計算して映し出しています。地球と月の角度のほか、太陽が月をどのように照らすのか、太陽の光がつくる地球の影がどう見えるのか、すべて計算したうえで映しています。
子ども向けのイベントでも、地域の小さな会でも、手を抜きません。専門外の内容を話すときも調べ尽くし、正確な情報だけを伝えます。
2026年5月、国分寺市で開催された地域音楽フェス「こくフェス」。萩野さんは「Moon Light Session」と題し、ピアニスト・寺田正彦さんの演奏とともに、参加者を月の世界へと誘いました。会場は、国分寺市産の野菜「こくベジ」を使った料理を提供するカフェ「UNE LABO」。「こくベジ×天文学」という一見意外な組み合わせでしたが、萩野さんはその場のために植物に関する論文を10本ほど読んで臨んだといいます。

月の自転や公転、植物の呼吸のリズムなどを分かりやすく、面白く伝えました
「よく言われる『子ども騙し』って、つまり騙しているということでしょう。適当に言い繕うのは嫌なんです。ガチンコ勝負でいきたい、というより、ガチでないと、逆に怖くてできないんです」
その姿勢は、誠実であることの大切さを改めて思い出させてくれます。

あなたの「お抱え天文学者」を持つということ
専門書を読むだけ、科学館に通うだけではなく「あの月は、どうしてこう見えるの?」と、ふと聞ける相手が、会いに行ける距離にいることは贅沢なことです。
かつて殿様がお抱えの学者を持ったように、私たちも自分だけの天文学者を持つことができます。会話の中で新たな疑問が湧き、夢中になり、知る喜びを感じる。それだけで、毎日の生活がぐっと豊かになります。萩野さんは、「ホンモノに触れることで夢中になれるものを見つけ、豊かな人生を送ってほしい」という思いから、まちに宙(そら)を届けています。
その催しは、親子で楽しめるものから、知的好奇心をくすぐるワークショップまでさまざま。案内は、公式ホームページやSNSで発信されています。そして不思議なことに、同じ会は一度としてありません。
「今日の月と同じ月が、二度とないのと同じです」
次に宙(そら)を見上げたとき、あなたの月が、少し違って見えるかもしれません。
Information~次回のイベントはこちらをご確認ください~
萩野正興天文方
公式ホームページ: https://haginomasaoki.jimdosite.com/
Instagram : https://www.instagram.com/m_hagino/
Facebook : https://www.facebook.com/masaoki.hagino




