「鱧は骨切りする魚」そう思っている方がほとんどではないでしょうか。
しかし、その常識を覆す料理人がいます。
愛媛県松山市にある「鱧割烹いきがい」は、400年以上続く常識を覆した技術で、注目を集めています。
本来、鱧は細かく骨を断つ「骨切り」という技術で食べるのが一般的とされてきました。
しかし同店では、その前提が存在しません。骨を“切る”のではなく、“取り除く”。
これまで誰も成し得なかった調理法によって、「骨のない鱧」を提供しているのです。本記事では、愛媛・松山に誕生した唯一無二の鱧専門店「鱧割烹いきがい」の魅力を、前編として紹介します。
鱧割烹いきがいとは

「鱧割烹いきがい」は、2025年7月に愛媛県松山市で開業しました。同店の特徴は、単なる割烹料理店ではないという点にあります。
「鱧」という一つの食材に特化し、その可能性を極限まで引き出している専門店です。
愛媛県は、実は全国でも有数の鱧の産地です。その一方で「骨が多く扱いが難しい魚」として、地元でも広く親しまれてきたとはいえませんでした。
今では、同店の味を求めて全国から多くの人が訪れます。一般のお客様だけでなく、料理人や水産関係者も多いのは、ここでしか体験できない料理があるからです。
鱧といえば京都というイメージが強い中、その価値を再定義し、地域の食文化として昇華させているのが、この「鱧割烹いきがい」です。
鱧割烹いきがいの店主

鱧割烹いきがいの店主は塩沢研さんで、広島県出身の料理人です。全国を渡り歩く中で、愛媛の食材の豊かさに魅了され、松山に拠点を移しました。
もともと四国に縁があったわけではありません。それでも店主は、「この土地の食材を最大限に活かしたい」という想いから、愛媛に根をおろします。
そして出会ったのが、「鱧」という食材でした。複雑に入り組んだ骨を持つ鱧は、料理人にとっても扱いが難しい魚です。
1匹の中に3,000本の骨があるとも言われています。それでも店主は、この魚と真正面から向き合うことを選びました。
鱧は「骨切り」が常識

鱧は骨が非常に多い魚です。全体で約3,000本の骨があります。そのため一般的な調理では、骨を取り除くのではなく「骨切り」を行います。細かく包丁を入れ、骨ごと食べられる状態にする技術です。

ただしこの方法では、身も同時に細かく刻まれてしまいます。その結果、刺身として提供することはできません。
骨がないことで、料理の幅は大きく広がります。刺身だけでなく、編み込みや皮料理など、これまでにない表現が可能に。従来の鱧料理では難しかった調理も実現できます。

店主は、「骨がないだけで料理の可能性は無限に広がる」と語ります。骨そのものを取り除くことで、鱧本来の旨みを損なうことなく味わえる状態を実現しています。
さらに、愛媛のブランド鱧「下灘の夕凪鱧」を使用するなど、店主は食材へのこだわりも徹底しているのが特徴です。
骨を「切らずに取る」唯一無二の技術

同店では、骨切りを行いません。代わりに行うのは、すべての骨を包丁のみで捌き取るという技術です。
骨の構造を理解している店主は、身と骨の境界を見極めながら丁寧に分離していきます。

工程は10以上で、すべて手作業で行われます。この技術により、鱧の身をそのままの状態で残すことが可能になります。
骨を完全に取り除くことで、鱧を刺身として提供できるようになります。これは従来の調理法では不可能とされてきたものです。

しかし店主の技術によって、身の食感や旨みをそのまま味わえる料理が成立します。
同店には、魚の扱い方にも大きなこだわりがあります。一般的には鮮度を保つために冷やしますが、ここでは魚の体温を変えません。目安は10〜12度で、水揚げ時の温度を維持します。冷やしすぎると細胞が死んでしまうためです。
店主はこう語ります。「食べた魚が胃に届き、胃酸を浴びたその瞬間を、細胞の死処にしたい」
目指しているのは、“生きている状態”をできる限り保つこと。その結果、口に入れた瞬間に“生きている感覚”が伝わります。
実食レポ|感動の体験

今回の取材では、「鱧では不可能」と言われてきた料理を3品作っていただきました。オンリーワンの料理の数々に感動しました。
鱧皮の酢の物|概念が変わる“皮の主役化”

口に入れた瞬間に、驚くほどの弾力としなやかさを感じます。単なる酢の物の枠を超えた完成度が印象的です。特筆すべきは臭みのなさで、この料理では一切感じられませんでした。
酢の酸味も前に出すぎず、あくまで鱧そのものの旨みを引き立てる設計。シンプルながら、考え尽くされた一皿です。
活鱧の刺身|“食感”ではなく“体が反応する旨さ”

鱧は骨が多く、刺身で食べることは不可能とされてきました。その前提を覆すのがこの一皿です。特に印象的なのは、透明感のある旨みです。
まるで生きているような弾力で、味覚を超えた体験として衝撃を受けました。
理由として、温度管理や熟練の技術により、細胞の状態を極限まで保っていることがあげられます。熟成魚の旨さとは異なり、鮮度由来のダイレクトな美味しさを味わえます。
刺身として成立していること自体が革新的でありながら、完成度も極めて高い一皿です。
鱧の三つ編み椀|技術と美の融合が生む新しい和食体験

まず目を引くのが、鱧を三つ編みにした独創的なビジュアルで、提供された瞬間の驚きが印象に残ります。
一方で、味は極めて繊細です。出汁との調和が計算されており、見た目に反してやさしい味わいです。三つ編みにすることで、食感に微妙な変化が生まれ、ひと口ごとに異なるニュアンスが楽しめる構造になっています。
不可能とされてきた鱧の処理を可能にする技術があって、初めて成立する料理の1つです。
なぜ“骨のない鱧”は生まれたのか

この技術が生まれた背景には、料理人としての強い信念があります。
「料理人であれば、魚の骨は残さず取り除くべきだ」その考えのもと、店主は研究を続けました。
結果としてたどり着いたのが、「七枚おろし」という独自の技法です。これは、骨切りでも骨抜きでもない、全く新しいアプローチです。

「特別な道具は使わない」この言葉も、この技術の本質を表しています。
必要なのは、鋭い包丁と、指先の感覚。骨を感じ取りながら、流れるように包丁を動かすことで、骨だけを削ぎ落とし、身を傷つけないように仕上げていきます。そのスピードと精度は、まさに職人技。
肩の力が入りすぎると、骨を切ってしまう可能性があるという繊細な仕事。約9年という歳月をかけ、15,000匹の鱧と向き合いながら磨き続けてきたこの技術は、まさに職人の執念といえるでしょう。
前編まとめ|“常識を疑う料理人”が生み出した価値

鱧は「骨切りして食べる魚」その常識を疑い続けた先に生まれたのが、「骨のない鱧」という新たな価値です。
愛媛という土地、鱧という食材、そして一人の料理人の執念。それらが重なり合い、ここにしかない食体験が生まれています。
しかし本当に注目すべきなのは、この技術を生み出した背景です。なぜ骨を取るという発想に至り、なぜここまで極められたのか。そこには、料理を単なる仕事と捉えない独自の考え方があります。

後編では、店主の生き方や哲学にフォーカス。料理を通じて人間を高めるという考え方、その本質に迫ります。
| 店名 | 鱧割烹 いきがい |
| 住所 | 〒790-0002 愛媛県松山市二番町1丁目9-21魚政ビル1階 |
| アクセス | 伊予鉄「勝山町駅」から徒歩約6分 |
| 営業時間 | 18:00〜23:00 |
| 定休日 | ・日曜 ・祝日 ・第1、第3月曜 (不定休あり) |
| 電話 | なし |
| 予約・問合せ | 公式LINE |
| 料金目安 | ・新鱧百珍コース:15,000円(税抜) ・単品:2,000円 |
| SNS | |
| 駐車場 | なし ※近隣コインパーキング利用 |
※掲載情報は2026年3月執筆時点のものです




