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歴史  |    2026.08.19

江戸時代の建物を復元した姫街道の要衝地・気賀関所へgo!│静岡県浜松市

江戸時代、箱根と新居の関所に並び、東海の三大関所のひとつとされていた気賀(きが)関所をご存知でしょうか。

「名前は聞いたことがあるけれど、どこにあるのかはわからない」という方もいますよね。
気賀関所は浜名湖の北東部に位置し、東海道の脇往還として利用されていた本坂道沿いへ、他の2か所と同様「入り鉄砲に出女」を取り締まる目的で江戸幕府によって設けられました。

現在の関所施設は当時の場所から少し離れた場所に復元したものです。
関所内には街道を通過する旅人を取り締まる本番所や向番所(むかいばんしょ)のほか、遠くを見張るために建てられた遠見番所(とうみばんしょ)や牢屋も!

本記事では観光施設の気賀関所について画像多めでご紹介します。

東海道の三大関所のひとつ・気賀関所とは?

道路から見た気賀関所(中央に見えるのが関所への出入り口となる冠木門)
道路から見た気賀関所(中央に見えるのが関所への出入り口となる冠木門)

天竜浜名湖鉄道気賀駅から西へ約350メートル。
観光施設の気賀関所は、江戸時代の関所施設を復元し平成2(1990)年にオープンしました。

浜松市みをつくし文化センター駐車場側から気賀関所を臨むと、ちょうど正面に出入り口となる冠木門が見えます。

受付窓口や売店は右側の建物
受付窓口や売店は右側の建物

入所料の支払いは冠木門の右側手前にある通行手形販売所で。

通行手形販売所では土産物販売のほか、呈茶サービスやお着替え体験の受付をしています(どちらも別途有料)。
呈茶サービスやお着替え体験の予約方法など、詳しくは記事末尾の基本情報から公式サイトをご覧ください。

冠木門から見た関所内(右側手間から本番所、御制札場、姫様館(ひめさまやかた)と顔ハメ看板。顔ハメ看板の後ろの建物は隣接する田園空間博物館総合案内所のもの)
冠木門から見た関所内(右側手間から本番所、御制札場、姫様館(ひめさまやかた)と顔ハメ看板。顔ハメ看板の後ろの建物は隣接する田園空間博物館総合案内所のもの)

本番所の向かい側にある向番所など
本番所の向かい側にある向番所など

関所内には前述したように街道を通過する旅人を取り締まる本番所や向番所、遠くを見張るために建てられた遠見番所や牢屋が。

本番所前の左右には袖搦(そでがらみ)や突棒(つくぼう)、刺股(さすまた)の三つ道具と、槍など捕縛用の武具が並んでいます。関所破りをした通行人を捕らえるために、武具の多くは棘付きなんですよ。

気賀関所の役割ってなに?

本番所
本番所

気賀関所のメインはなんといっても本番所。

建物前面に張られ、三つ葉葵が染め抜かれた陣屋幕(じんやまく / 陣幕とも)が通行人たちへ威圧感を与えているかのよう。

本番所の下の間
本番所の下の間

本番所は向かって右側から下の間、中の間、上の間の順で並んでいます。

下の間には当時使用された火鉢や、気賀関所を管理していた近藤家の家紋入りの陣笠(じんがさ)などが飾られています。

本番所の中の間
本番所の中の間(左上:下の間との境となる壁に備え付けられた三つ道具)

通行人を取り調べていた中の間には等身大の人形が置かれ、当時の様子をリアルに再現。
当時、本番所に勤務していた役人の数は番頭2名、平番4~5名。彼らが交代で通行する旅人や荷物の取り調べを行っていました。

役人の背後には弓と矢、そして下の間との境となる壁には、しっかりと三つ道具が。これらをあえて見せることにより、関所破りを企てようする通行人の気概を失くそうとしていたのかもしれませんね。

本番所の上の間
本番所の上の間

上の間は家老や身分の高い人が控える間です。家老の後ろに見える掛け軸は徳川家康公遺訓(東照公遺訓)です。

御制札場(ごせいさつば)
御制札場(ごせいさつば)

本番所の斜め前に立っているのは、関所での取り締まりの原則を掲げた制札です。

制札とは掲示板のことで高札(こうさつ)とも呼ばれ、高札場には江戸幕府から出された法令の中でも特に重要度の高いものが掲示されました。
現代語に訳したものが柵に掲示されているので、読み比べてみてはいかが?

向番所や遠見番所も必見!

向番所内の女改め(改め婆は向かって左側の女性)
向番所内の女改め(改め婆は向かって左側の女性)

本番所の向かい側の建物は向番所です。

ここでは張り番をしながら足軽や中間門番が休息したり、改め婆による女改め(おんなあらため / 対象者は関所を通過する女性のみ)が行われたりしました。

女改めとは、女性の通行人について、持参した女手形の記載内容と本人の年齢や姿形などが一致しているかを確認する取り調べのこと。江戸幕府は各地の諸大名が反乱を起こさないように、彼らの妻女を江戸に人質として留め置いていました。そのため、江戸を出る女(出女)に対して厳しく取り締まっていたのです。

女性の手形は女手形(女通行手形とも)と呼ばれるもので、箱根関所の公式サイトには

手形には、旅する女性の素性や、旅の目的、行先を始め、髪形、顔・手足の特徴などが細かく記載されています。この記載内容と一致しなければ、関所は通れませんでした。

とありました。

ここまで詳しく書かれたものではありませんが、後述する姫様館内に伊勢から江戸へ向かう女性や気賀から伊勢へ向かう女性の女手形が展示されています。

牢屋と唐丸籠など
牢屋と唐丸籠など

向番所内の奥には牢屋も。
関所内に牢屋が設置されているのはとても珍しいこと。外観だけですが自由に見学可能です。

牢屋のそばには罪人を乗せる唐丸籠が。
唐丸籠はイベント使用のミニチュア版とはいえ、牢屋のそばに置かれているあたりポイントが高いと思いませんか?

遠見番所
遠見番所

塩見番所から西側を見た風景
遠見番所から西側を見た風景

遠くを見張るために建てられた遠見番所は、向番所の後ろに建っています。

建物内にある階段を使って上ると東側では細江警察署や浜松市北行政センターなどを、西側では向番所の屋根越しに関所内の建物を見ることができます。気になる方は上ってみて!

展示品には本物の籠も! 姫様館(ひめさまやかた)で江戸時代の気賀宿の様子を知ろう

展示品の手形は嬉しい現代語訳付き!

姫様館外観
姫様館外観

冠木門から入ると一番奥に建つ姫様館の目印は、建物前に置かれた2種類の顔ハメ看板と壁に掲示されている「姫街道を歩いた象」のイラストです。

「『姫街道を歩いた象』っていったい何のこと!?」と思った方はぜひ中へ。

館内の様子(中央左側:姫様道中で使用している駕籠(かご)、中央右側:江戸時代に僧侶が使用していた駕籠、中央右側のガラスケース:8代将軍徳川吉宗の生母・浄円院が気賀宿宿泊時に付き添っていた役人が食べたされる食事を再現したもの)
館内の様子(中央左側:姫様道中で使用している駕籠(かご)、中央右側:江戸時代に僧侶が使用していた駕籠、中央右側のガラスケース:8代将軍徳川吉宗の生母・浄円院が気賀宿宿泊時に付き添っていた役人が食べたされる食事を再現したもの)

姫様館では江戸時代の旅人が持参していた通行手形や近隣の村々が関所に提出した誓詞などのほか、本坂道(姫街道)の宿場町だった気賀宿本陣中村家所蔵の関連品や江戸時代に使用していた駕籠(移動手段のひとつ)などを展示。
もちろん象についての展示品も!

館内右側の展示ケース内にある「女が関所を通過するのに用いた手形」
館内右側の展示ケース内にある「女が関所を通過するのに用いた手形」

気賀関所関連の通行手形や気賀関所鑑札(関所から町民用として庄屋に渡した通行証)などは館内右側の壁沿いに。前述した女手形もこちらに展示しています。

上の画像は伊勢から江戸へ引っ越す女性が持参していた女手形です。
髪形、顔・手足の特徴などがそれほど詳しく書いてないのは、「出女」ではないからかもしれませんね。手形は嬉しい現代語訳付きです。

館内右側の壁に展示されている「山路に当たる村の山路手形」)
館内右側の壁に展示されている「山路に当たる村の山路手形」)

「山路手形」や「舟路手形」は浜名湖北岸の村々が関所に提出した誓詞です。
気賀関所は浜名湖の対岸から船での関所破りが懸念されることから舟路手形の提出が必要でした。

「姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館」の2階には、江戸時代末期の文久3(1863)年に気賀油田村から気賀呉石村へ嫁ぐ女性の女手形が。

※※※あわせて読みたい※※※タブをつけて内部リンクをお願いします。※※※

三遠式と近畿式、2種類の銅鐸が並ぶ!「姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館」2階|静岡県浜松市

近隣へ嫁ぐのにも手形が欲しかったほど、取り締まりは厳しかったようです。
ただ、それでは村人の生活に支障が出るため、実際には「犬くぐり道」と呼ばれる道を通って行き来していたそう。
犬くぐり道は姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館の近くにあるので、興味のある方はこちらへもどうぞ。

気賀宿の大イベントは2つ!

奥の壁側には気賀宿の資料が並んでいる
奥の壁側には気賀宿の資料が並んでいる

江戸時代の気賀宿では2つの大きなイベントが起こりました。
ひとつは8代将軍徳川吉宗の生母・浄円院の気賀宿宿泊で、もうひとつは気賀宿に象がやって来たことです。

享保3(1718)年に8代将軍徳川吉宗の生母・浄円院が気賀宿宿泊時に付き添っていた役人が食べたとされる食事を再現したもののうちのひとつ、「いちごもどき」)
享保3(1718)年に8代将軍徳川吉宗の生母・浄円院が気賀宿宿泊時に付き添っていた役人が食べたとされる食事を再現したもののうちのひとつ、「いちごもどき」)

徳川吉宗の生母・浄円院が気賀宿に泊まったのは享保3(1718)年4月23日のこと。

姫様館では姫街道と銅鐸の歴史民俗資料館に残っている史料を参考に、浄円院の付き人役人が食べた料理を再現したものを展示しています。
付き人役人とはいえ、なかなか豪華な食事内容で、上の画像はそのなかのひとつ・大根と干し柿、みかんなどで作られた「いちごもどき」です。
見た目も素材もいちごっぽくないので、味が気になるところです。

中央:享保14(1729)年に、京都から江戸へ下る天覧の象が気賀宿を通過した時の様子が書かれた巻物(象が通過した様子は7番の下に)
中央:享保14(1729)年に、京都から江戸へ下る天覧の象が気賀宿を通過した時の様子が書かれた巻物(象が通過した様子は7番の下に)

気賀宿に象がやって来たのは享保14(1729)年5月9日のこと。

吉宗の希望によりベトナムから長崎経由で江戸へ向かった象は、京都に立ち寄り当時の天皇に謁見。
その後は東海道を東へ進み、無事気賀宿へ。館内奥にある展示ケース内には通過した時の記録が展示されています。

江戸時代に作られ大象を洗う異人たちが描かれた大皿(貢上大象の図)
江戸時代に作られ大象を洗う異人たちが描かれた大皿(貢上大象の図)

象の様子が描かれた書物や江戸時代に作られた大皿から、当時の人びとの驚いた様を想像してみるのも楽しいかも!?

気賀宿で使用された帳場格子や大福帳、見台など
気賀宿で使用された帳場格子や大福帳、見台など

さらに奥の展示ケースでは気賀本陣中村家で使用していた帳場格子や大福帳、見台のほか、重箱、きゅうす、手鏡などの生活用品を見ることができます。

浜松市細江町の伝統行事・姫様道中関連資料も!

姫様道中時に使用される駕籠
姫様道中時に使用される駕籠

館内中央には細江町の伝統行事・姫様道中で使用している駕籠と、江戸時代に実際に僧侶が使用していた駕籠を展示。

姫様道中とは毎年桜の開花時期に行われる細江町の伝統行事で、大名や公家の妻や息女(姫様)が姫街道を通った様子を再現したものです。詳しくは館内左側の壁側にある姫様道中の説明をご覧ください。

上の画像の駕籠は昭和62(1987)年に新しく作ったもの。その後、平成27(2015)年に化粧直しをしました。駕籠は外観も内部もきらびやか。いかにも姫様が乗りそうな雰囲気ですね。

それより前の姫様道中で使用していた駕籠は現在使用している駕籠の反対側に。

江戸時代に僧侶が使用していた駕籠
江戸時代に僧侶が使用していた駕籠

こちらの籠は江戸時代に僧侶が使用していたもので、姫様道中では昭和27(1952)年に行われた第1回目から姫様用の駕籠として使用していたそう。

姫様道中の説明は手前左側の壁側で
姫様道中の説明は手前左側の壁側で

本坂道が姫街道と呼ばれるようになったのは幕末頃から。
取り調べの厳しい新居関所を避けた女性旅行者が多く通行したり、「切る」を連想させる「今切(いまぎれ) / 遠州灘と浜名湖を結ぶ水路)」を避けたり、東海道と比べて「ひね(鄙びた / 古い)の街道」だからなど諸説があります。

姫街道沿いに設けられ通行人を厳重に取り調べていた気賀関所は、明治2(1869)年に関所廃止令が出されるまでその役目を果たしていました。

現在の気賀関所は復元とはいえ、江戸時代の文献などを参考に建てられたもの。江戸時代の雰囲気を感じられる気賀関所でタイムトリップしてみませんか?

<基本情報(施設情報)> 

所在地:浜松市浜名区細江町気賀4577
電話番号:053-523-2855
開館時間:午前9時~午後4時30分
休館日:年中無休 ※年末年始は休館とさせていただく可能性あり
入所料:大人200円 ※団体料金あり、高校生以下(学生証提示)無料、70歳以上の方(年齢を証明できる免許証等提示)無料、下記手帳をお持ちの方
・身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・ミライロID提示で本人と付き添いの方1名免除
駐車場:あり(無料 / 気賀関所西側の田園空間博物館駐車場を利用可能)
気賀関所の公式サイト(外部リンク) / 浜松市姫様道中公式サイト(外部リンク)

2026年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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この記事を書いた人

麻生 のりこ

静岡県浜松市在住の日本史ミーハーな旅行ライター。トラベルメディアでは国内の観光スポットなどをめぐり、取材記事を執筆しています。Mediallでは浜松市内を中心に、心惹かれる何かを伝えたいと思っています。 趣味はマンホールの蓋探し・西洋館探訪・神社仏閣参拝(神社検定参級)と読書など。プロフィール画像は熊野那智大社の常香炉で身体を清めているところです。

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