スポット  |    2026.10.29

本を買うだけじゃない。人と街をつなぐ「七月堂古書部」|世田谷区豪徳寺

小田急線・豪徳寺駅から歩くこと約10分。にぎやかな商店街を抜けた先の住宅街に、詩歌を中心に扱う「七月堂古書部」はある。店先には古本とともに、ラムネののぼりが目を引く。

「その日買う本がみつからなくてもいいんです。ふらっと寄ってもらえる場所でありたいと思っています」

詩歌を扱う出版社から生まれ、2026年で10周年を迎えた七月堂古書部。人が集まり、地域に愛される場所はどうやって生まれるのだろうか。店主・後藤聖子さんにそのヒントを伺ってみた。

「分からない」を楽しむ、自分のためだけの時間

七月堂古書部の本棚の7割ほどを占めるのが、詩歌。

「詩って、ちょっと難しそう」

正直にそう話す私に、後藤さんは詩の魅力を教えてくれた。

「詩は、書き手が自分の内側を掘り下げ、そこで感じたものを言葉にしたもの。その言葉を通して、自分でも言語化できていなかった気持ちに気づいたり、忘れていた景色を思い出したりすることがあるそうです。小説のような明確な起承転結がないからこそ、どう受け取るかは読み手次第。『分からない』ってことを楽しんでもらいたいんです」

効率よく、最短距離で答えにたどり着くことが求められがちな現代。七月堂は、「自分を取り戻す」「ひと休み」ということを大切にしている。それを象徴するのが、店の奥に佇む大きなソファ。

「ここにいるときくらい、家族や仕事のことを少し脇に置いて、自分のためだけの時間を過ごしてほしくて。売り場を増やすために本棚を置いた方がいいと言われても、ソファだけは『なくしちゃダメ』と残してきました」

なかには4時間ほど滞在したり、途中で近くの銭湯へ行ってから戻ってきたりする人もいるそう。

本を探すだけでなく、何もしない時間まで受け入れてくれる。七月堂には、忙しい日常から少しだけ離れられる「余白」がある。

地域に育てられた本屋が、後藤さん自身も変えた

七月堂の創業は1973年。後藤さんの両親が梅ヶ丘で印刷業を始め、やがて詩集を中心とした出版を手がけるようになった。古書店を始めたのは2016年、明大前に事務所を構えていた頃。

「同人誌や学会誌、言語学などに携わる大学教授や研究者の出入りが多く、彼らが持つ専門書などを『捨ててしまうのは忍びない。ここに置けば、本を必要とする人たちの間で循環するのでは』と思いました。そこから、事務所の片隅に本を並べたのが始まりです」

当初は、出版社に関わる人たちの「交流の場」になれば、という程度の構想だったそう。ところが、当時は街の書店や古書店の閉店が相次いでいた時期だったため、地域の人たちから「この本を買い取ってほしい」「こんな本はないの?」と声をかけられるようになっていった。

「明大前のみなさんが、本屋にしてくれたと思っています」

最初から完成した本屋を目指したのではなく、地域の声を受け取りながら少しずつ変化していった七月堂。そして、その「場」は後藤さん自身も変えていった。

長年、出版社のDTPオペレーターとして働き、会社を継ぐつもりは「0%だった」という後藤さん。転機となったのが、詩人・西尾勝彦さんの作品との出会い。

「この人の言葉を、少しでも多くの人に届けたい」

その気持ちが、本屋、そして出版を本気で続けていこうという原動力になった。

「本屋を始めてみて『いつか本を作ってみたい』という方が意外と多いことを知りました。出版社へ相談するのは勇気がいりますが、本屋ならふらっと入って話ができる。そこから実際に出版へつながったこともありました。場所ってすごいな、と思ったんです」

著者から読者へ言葉を届ける「橋渡し」に、生きがいを見つけた後藤さん。人が集まる場所をつくったことで、自分自身もやりたいことに出会っていった。

「やってみたい」を重ねて、街へ

そんな後藤さんの姿勢を感じたのが、2024年に会社を引き継いでから始めたZINE『AM 4:07』。

「夜と明け方、朝の間。『どちらでもあって、どちらでもない。そのままの自分でいられたらいい』という思いをタイトルにしました」

後藤さんの「やってみたい」は、店の中だけにとどまらない。
2026年春、七月堂は近隣の店とともに、豪徳寺・山下エリアを巡る「お福市」を初開催した。

「これだけいいお店があるのだから、端から端まで楽しんでもらいたい」

目指したのは、一つの店に人を集めることではなく、お互いの店を紹介し合い、街を巡ってもらうこと。近隣の店主たちと約1年かけて準備を進めた。

「1店舗だけでは成り立たない。地域に必要とされ、愛される店じゃなければ続けられないと思うんです」

学校でも家庭でもない場所に、「あそこのお店のおばちゃん」のような大人がいる。ちょっと行き詰まった日や、今日はまっすぐ家に帰りたくないと思った日に、ふらっと寄って話ができる。七月堂が目指しているのは、そんな「地域の寄り道先」である。

本屋も、ZINEも、お福市も。後藤さんの話を聞いていると、最初から正解があったわけではない。「やってみたい」を一つずつ形にし、そこに集まった人たちの声を受け取りながら、七月堂も後藤さん自身も変化してきた。その軽やかさと行動力こそが、人を惹きつけ、七月堂という場所を育てているのかもしれない。

一軒の店から、街へつながっていく

取材に来ただけだったはずの私も、帰る頃には西尾勝彦さんの詩集『のほほんと暮らす』を一冊、手にしていた。

帰り際、「次に取材するなら」と聞いてみると、「niente」「シシュウブギウギ」「RADIO KALTUR」と、近くのお店の名前が次々と。

一軒のお店を訪ねたら、次の一軒へ。ひとりに会ったら、また会いたい人が増えていく。七月堂が大切にしてきた、人や本、街をつなぐ「橋渡し」を、私自身も体験したような気がした。

効率よく動くことや、正解を出すことを求められる毎日。でも、たまにはソファに腰掛けて、気になる詩を開いてみる。「分からないな」と思いながら言葉を眺めているうちに、自分でも気づいていなかった気持ちや、忘れていた景色に出会えるかもしれない。

すぐに答えが出なくても、何者かにならなくてもいい。

後藤さんが「やってみたい」を一つずつ形にしてきたように、自分の中に小さな「やってみたい」が見つかったら、無理のないところから始めてみるのもいい。

少し立ち止まりたくなったら、豪徳寺の七月堂古書部へ。

その日に買いたい本がみつからなくても大丈夫。

ここで過ごすひとときが、「自分は何が好きだったんだろう」「本当は何をしてみたいんだろう」と、自分自身に戻る時間になるかもしれない。

お店の情報

【七月堂古書部】
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-2-7
アクセス:小田急 小田原線 「豪徳寺駅」徒歩5分
TEL:03-6804-4788
定休日:水曜日
営業時間:11:00~20:00(毎週火曜日15:00-20:00)
駐車場:なし
ホームページ、Instagramもご確認ください。

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この記事を書いた人

アモ。

東京都世田谷区在住。小学生と保育園児を育てています。 スタートアップが集まる会員施設のコミュニティスタッフとして働きながら、副業ライターをしています。月1回は銀座のスナックでママやってます。 お酒・スポーツ観戦・キャンプが好き、場づくりに興味あり、気になったら始めてみる、そんな人間です。よろしくお願いします。

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