愛知県豊田市の山間部、小原地区を拠点に広告デザイン業を営む鈴木孝典さん(以下鈴木さん)。
かつて東京でデザイナーとして働いていた鈴木さんですが、都会で暮らすうちに「自分には合っていない」と感じるようになったといいます。現在は生まれ育った小原に戻り、広告デザインの仕事を続けながら、地域の魅力を伝える活動にも取り組んでいます。地域を実際に訪れ、体験してもらう「三河里旅」も、そのひとつです。
地元の魅力を伝えるだけでなく、人が訪れ、仕事や経済の循環が生まれることを目指す鈴木さん。そんな鈴木さんに、これまでの歩みと現在の活動について伺いました。
憧れの東京で感じた違和感

年に数回、山伏修行も行う鈴木さん。山伏姿が様になっています(鈴木さん提供)
小原で生まれ育った鈴木さん。幼いころから絵を描くことが好きで、アニメや漫画もよく見ていたそうです。中でも、一番好きだったのがテレビで流れるCMだったといいます。
「くすっと笑えるCMが好きで。CMを作ってみたかったんです」
お話を聞いた母屋には、アニメキャラクターのシールが貼られた、昔ながらの洋服ダンスが。きらきらした瞳でシールを貼る幼い頃の鈴木さんが頭に浮かんできます。
デザイナーという仕事を意識するようになったのは、高校3年生の頃。美大を目指すものの、残念ながら願いはかなわず、専門学校へ進学。卒業後は、東京でデザイナーとして働き始めました。
田舎で育った鈴木さんにとって、東京は憧れの場所だったといいます。
「東京か関西か、どちらか行きたかったんです。田舎しか知らなかったから、都会に憧れはありました。始めは青山の事務所で働いて、次に原宿の会社に就職しました。仕事も遊びも、それなりに充実していたと思います」
しかしながら、実際に暮らしてみると、憧れとは違う一面も見えてきました。住んでいたのは都心から少し離れた場所でしたが、小原では当たり前のようにあった自然が身近に感じられなかったそうです。
「やっぱり合っていないんだなと思いましたね。街がにぎやかで、なんだか落ち着かなかったです。地に足がついていない感じもしました」
都会特有の人の気配のなさにも、地元とは違う違和感を覚えたそうです。
「にぎやかな大通りから一本路地に入ると、急に人の気配がなくなるんです。田舎で人が少ないのとは違う『人工的な人のいなさ』を感じました」
東京への憧れから始まったデザイナー生活は、数年ほどで終わりを迎え、地元愛知に戻ることに。この経験が、故郷・小原を改めて見つめ直すきっかけとなります。
地元小原へのUターン
東京での暮らしを経て名古屋へ戻った鈴木さんは、小原の方と結婚。デザイン会社で働く一方、独立も意識していたといいます。
「デザイナーになった頃から、独立は考えていました。専門学校の先生たちもフリーでやっている人が多かったので、『デザイナーはそういうもの』だと思っていました。雇われていると思うようにできないこともいろいろとあるので、自由にやりたかったというのもあります」
鈴木さんにとって独立は、デザインの仕事を始めた時から意識していたこと。名古屋に戻って数年後には念願だったフリーランスとなり、仲間とともにシェアオフィスを構えました。
そんな中で鈴木さんは、地元・小原へ戻りたいという思いも少しずつ強くなっていきます。もともと長男ということもあり、幼い頃から祖父に「戻ってくるんだぞ」と言われていたそうです。
「長男だから戻らないとな、というのが、常に心のどこかにありました。田舎で子育てをしたいという気持ちもありました。自分自身が育った環境で、子どもたちを育てたかったんです」
鈴木さんが生まれ育った小原。豊かな自然が広がります。(小原観光協会公式Instagramより)
しかし当時の小原では、デザイナーとして仕事を続けるために必要なインターネット環境が整っていませんでした。
そんななか、小原に光回線が開通。それまで難しかった「小原でデザイナーとして働く」という選択肢が現実的になったのです。
「これで仕事できるなってことで、その頃からオンラインでの仕事を増やし、小原で仕事をする準備を整え始めました」
しかし、名古屋とは生活も環境も大きく異なる小原での暮らし。仕事面での不安はなかったのでしょうか。
「最初のうちはありました。ずっと仕事があるかも分からなかったので。それでも、これまでのつながりから声をかけてもらえて、仕事が途絶えることはありませんでした。戻ってくること自体は、不安はあったけど不満はなかったです」
そう言って笑う鈴木さん。都会を離れ、故郷でデザイナーとして働くという選択は、鈴木さんにとって自然なものだったのかもしれません。
商工会に入ったことから、地域づくりに興味を持つように
小原に帰ってきてすぐ、地元の先輩の勧めで商工会に加入した鈴木さん。そのことが、地域づくりに興味を持つきっかけになりました。
「商工会に入ったことで、新しい仕事ももらえるようになったんです。地域全体に元気がないと、仕事も少なくなっていくんだなと感じたんです。
実は山間部の中でも小原にだけ商店街がないんです。交通の便が良いので、みんな外に買い物に行ってしまう。小原と同じような近隣の地域でも、商売屋が元気なところは活気があります。だから、商売屋が増えるのが良いなと思ったんです。
それで思ったのが、観光なら付加価値を生み出せるんじゃないかと。観光をきっかけに地域を変えていくことができるんじゃないかと思ったんです」

小原で秋に開催される「軽トラ行灯パレード」。地域のイベントに関わるデザインも多数手掛けています。(鈴木さん提供)
観光なら、その土地の魅力を知ってもらうだけでなく、地域そのものを良くしていくきっかけにもなる。こうして生まれたのが、「三河里旅」です。
三河の里山でしか味わえない、唯一無二の旅
鈴木さんが立ち上げた「三河里旅」は、その土地を深く知る地域在住のガイドとともに、山里ならではの体験を楽しむローカルツアーです。
ハンターのガイドで狩猟の世界を体験する「狩猟の世界を知ろう!」や、春の山で山菜や野草を摘み、旬の味覚を楽しむ「春の野草おかずツアー」など、どのプランもここでしか体験できないもの。中には、地元の中学生がプロデュースした「ド田舎満喫バスツアーin豊田」なんてプランもありました。
(三河里旅 公式Instagramより)
個性豊かなツアーを始めた背景には、デザインの仕事を通して出会った地域の「面白い人たち」の存在があったそうです。元理科教員の自然観察指導員や、ジビエレストランを営むハンターなど、鈴木さんのまわりには個性豊かな顔触れがそろいます。
「デザイナーをやっているといろんな面白い人に会うので、その人たちにガイドしてもらおうと思ったんです。小原って、移住してきた人も含めて、個性的な人が多いんですよ。
参加してくれた人たちにはまず楽しんでもらって、また小原に来たいと思ってもらいたいです。そこから地域と関わってくれたらうれしいです。
今後は物販や食事、宿泊にもつながって、いろんなところに経済効果が広がっていけばいいなと思っています」
「三河里旅」をきっかけに人が訪れ、仕事が生まれ、経済が循環していく。そんな未来を、鈴木さんは思い描いています。
外に出たからこそ気づいた、小原の魅力
東京や名古屋での暮らしを経て、小原を違った角度から見るようになったという鈴木さん。地元にいた頃は当たり前だった風景も、外に出たことで、その魅力に気づくようになったそうです。
「昔だったらただの田舎だった場所も、『ここ、すごい気持ちいいな』とか、『この建物すごいな』『この木、立派だな』と感じられるようになったんです。身近すぎて気づかなかった、地元の良さに気づけるようになりました。今までと違う目線が入ったことは、デザイナーの仕事にも役立っていると思います」




鈴木さんが手掛けた、小原の名所4カ所の看板デザイン。(鈴木さん提供)
そんな鈴木さんがこれまで手掛けた仕事の中で、特に印象に残っているのが、四季桜まつりの20周年を記念したプロジェクションマッピング。小原歌舞伎や四季桜など、地域の観光名所を映像にして、和紙のスクリーンに投影したそうです。
「少し挑戦的なことをやったので、なかなか苦労しました。でも、評判は良かったです」
そういって、懐かしそうに目を細める鈴木さん。地元を離れたからこそ見えるようになった小原の魅力は、デザイナーの仕事にも、三河里旅にも生かされているようです。
デザイナーだからこそできること
最後に、広告デザイナーとして地域に関わる鈴木さんに「デザイナーだからこそできること」を聞いてみました。
「旅をデザインすることですかね。地域にある素材を見つけて、どんな切り口で見せたら面白いのか、どうすれば地域の魅力が伝わるのかを考える。そう考えると、やっぱりやっていることはデザインなんです」
広告をつくるときも、旅をつくるときも、鈴木さんが見ているのは「どう伝えるか」。デザインの力で人と地域をつなぎながら、鈴木さんは小原にある「まだ知られていない面白さ」を、さまざまな形で伝えています。
三河里旅
愛知県豊田市の山間部・旧小原村を拠点に、地域で暮らし、土地を深く知るガイドとともに楽しむローカルツアーです。狩猟や山菜採りなど、地元の人しか知らないディープな体験を通して、三河の山里の魅力に触れることができます。
公式HP:https://www.mikawa-satotabi.fun/
公式Instagram:Instagram




