愛媛県松山市石手の住宅街に、ひと際目を引くパン屋さんがあります。
その名も「小麦の虜」。
キッチンカーのような外観ですが、実は移動販売ではありません。限られたスペースを活用しながらパンを焼き、販売する“動かないキッチンカー”です。
店頭には食パンやクリームパン、塩パンなど、親しみのあるパンが並びます。一方で、家庭用オーブンを使ってバゲットまで焼き上げるなど、一般的なパン屋さんとは少し違ったスタイルも魅力。
今回は、10年以上パン職人として経験を積んできた店主に、「小麦の虜」を始めた理由や店づくりへのこだわり、これから目指すお店の姿について伺いました。
実家がパン屋、自然な流れで目指したパン職人の道

店主がパン職人を目指したきっかけは、実家がパン屋だったこと。
現在も実家ではパン屋を営んでいるそうで、幼いころからパンが身近にある環境でした。
そんな背景もあり、「パンの道の方がいいんかな」と、自然な流れでパン職人の道へ。
10年以上、店主はさまざまな現場で経験を積んできました。
その中で、パンを作る技術だけではなく、「どうすればお店の売上を伸ばせるのか」「どうすればお店に貢献できるのか」といった経営面についても考えるようになったといいます。
新商品を考えたり、お店の売上目標を達成するために工夫したり。
職人としてパンを作るだけではなく、お店全体を良くする視点を身につけていきました。
自分のお店をスタート

もともとは、実家のパン屋を継ぐ予定だったという店主。
しかし、諸事情があり、その道を断念しました。その後、現在の店舗に隣接するテナントのオーナーと知り合ったことが、独立へのきっかけになりました。
大きな店舗を借りて、多額の資金を投入してスタートするのではなく、まずは自分たちのできる範囲から。
「借金してまではやりたくない」という考えもあり、現在の小さなスペースを活用して「小麦の虜」をスタートさせました。
「小麦の虜」という名前に込めた想い

印象的な店名にも、店主の考えが込められています。某有名パン屋さんで似ている名前のお店がありますが、キャッチーである一方、少しマイナスの印象もあると感じたそう。
そこで考えたのが「小麦の虜」という名前でした。
「虜っていう名前の方が、食べてもらった時の感動が味わえるかなって」
また、ファミリー層を意識したお店づくりを考えていたことも理由の一つ。

「ブーランジェリー〇〇」などの難しい名前よりも、聞いた瞬間に頭に残る名前にしたかったといいます。
実際、「小麦の虜」という名前は一度聞けば覚えやすく、パン屋さんとしてもユニークです。
「高級すぎず、普通すぎない」パンを目指す

「小麦の虜」が目指しているのは、毎日の食卓に並べてもらえるパン。
特に看板商品の食パンは、「高級食パンと普通の食パンの中間」を目指しているそうです。食パンは毎日食べるものだからこそ、あえてシンプルに。
「ゴテゴテしたもので看板商品にするのは好きじゃない」
見た目の華やかさだけではなく、食感、味、口溶けを大切にし、「また食べたい」と思ってもらえるパンを意識しています。
食パンについては、まず生のまま味わってほしいという店主。ふわふわ、もちもちとした食感を楽しみながら、シンプルなパンだからこそ分かる味わいを感じてもらいたいといいます。
価格にも「お客さんに得をしてほしい」という考え

「小麦の虜」のパンは、価格とボリュームのバランスも特徴です。
例えばクリームパンについて、店主は「食べた時のインパクトが大事」と話します。同じ270円なら、中身が少ないパンよりも、クリームがたっぷり入っているパンの方が「得した」と感じる。
そんなお客さんの気持ちを考え、クリームパンにはしっかりとクリームを詰めています。そこから「小麦の虜」にハマってもらえたらという思いもあるそうです。

材料についても、問屋を通すのではなく、自分たちで安く仕入れられる場所を探して調達。定番商品はできる限りコストを抑え、その分、お客さんが手に取りやすい価格を実現しています。
家庭用オーブンでパンを焼く理由

「小麦の虜」を語るうえで外せないのが、設備へのこだわりです。
なんと、パンを焼いているのは家庭用オーブン。一般的なパン屋さんで使われる大型オーブンに比べれば、効率は決して高くありません。
それでも店主が選んだのは、「なるべく予算をかけずに、おいしいものを提供したい」という考えがあるから。
しかも、菓子パンだけではありません。ベーグルやバゲットなどにも挑戦しています。

ベーグルはお客さんから「作ってほしい」という声が多かったことをきっかけに商品化。
「普通のパン屋さんじゃできんことをやってる」
そんな言葉からも、既存のやり方にとらわれず、自分たちの環境でできることを追求する姿勢が伝わってきます。
食パンに「うどん粉」を使う理由

「小麦の虜」の食パンには、北海道産の「ゆめちから」と、うどん粉をブレンドしています。店主によると、うどん粉を使う理由は「でんぷん質」。
でんぷん質があることで、パンのもちもち感やふわふわ感を出しやすくなるそうです。

一般的なパン屋さんでは、さまざまな小麦粉をブレンドすることが多い中、あえてうどん粉に着目。
全国には同様の取り組みをしているパン屋さんもあるそうですが、店主自身で調べる中で「面白そうやな」と感じ、取り入れることにしたといいます。
なお、うどん粉を使用しているのは食パンのみ。

そのほかのパンには、北海道産の「ゆめちから」を100%使用しています。
国産小麦にこだわる理由については、しっとり感やもちもち感、ふわふわ感が持続するところに魅力を感じているそう。何より、「安心して食べてもらえる」ということも大切にしています。
看板商品の食パンを実食!

今回いただいたのは、看板商品の食パン。店主がおすすめする食べ方は、まず「生」で食べることです。手に取るとふんわりとした柔らかさがあり、口に入れると、もっちりとした食感。しっとり感もあり、噛むほどに小麦の風味が感じられます。
食パンというと、バターやジャムを塗って食べるイメージもありますが、まずは何もつけず、そのまま味わいたくなる仕上がりです。

「味が一番」と話す店主が重視するのは、食感や味、そして口溶け。食べたときの満足感を大切にしていることが伝わってきました。
シンプルだからこそ味わいたい塩パン

もう一ついただいたのが塩パン。食パンと同じく、日常的に食べやすい定番商品です。
外側は香ばしく、中はふんわり。ほどよい塩気が小麦の風味を引き立ててくれます。シンプルなパンだからこそ、生地そのもののおいしさを感じやすいのも魅力です。

食パンとはまた違った食感を楽しめるので、朝食や軽食にもぴったり。
派手なトッピングや具材で目を引くのではなく、「パンそのものがおいしい」というところを大切にしていることが分かります。
目指すのは「知る人ぞ知る隠れ家的なパン屋」

今後について聞くと、店主が目指しているのは「知る人ぞ知る隠れ家的なパン屋」です。たくさんの人に知ってもらい、繁盛させたい。
その一方で、最初から一気に人が押し寄せるのではなく、少しずつお店を成長させていきたいという思いがあります。

「最初から花咲いてガンガン来てもらうより、少しずつ少しずつ、下から上に這い上がっていきたい」
現在も、決してすべてが順調というわけではありません。
しかし、そんな状況も含めて楽しみながら、「いつか絶対花が咲く」と前を向いています。将来的には店舗展開も視野に入れている「小麦の虜」。
まずは今の場所で、一人ひとりのお客さんとのつながりを大切にしながら、一歩ずつ歩んでいきます。
少し分かりにくい場所だからこそ、たどり着いた時の喜びがある。「こんなところにパン屋さんがあったんだ」という発見も含めて、「小麦の虜」を訪れる楽しみなのかもしれません。
基本情報
住所:愛媛県松山市石手4-4-30
営業時間:9:00〜16:00
定休日:日曜、月曜、祝日
駐車場:4台分あり
※本記事の内容は2026年9月取材時点のものです。最新の情報は公式Instagramなどでご確認ください。



