「フランスのワイン文化は、醸造酒業界が目指すべき一つのモデルだと思うんです」
初代・北原伊兵衛が甲斐駒ヶ岳で育まれる白州の水に惚れ込み、1750年(寛延3年)より甲州街道台ヶ原の地で酒業を営んできた山梨銘醸株式会社。酒蔵および酒の名称である「七賢」は広く認知され、近年はスパークリング日本酒をはじめとした評判が国内にとどまらず海外にも及んでいる。
近年、山梨銘醸は原料の米作りに力を入れ、新たに宿泊施設を開業した。地元の水を中心に据える「七賢」は、なぜ酒以外の領域へも歩み始めたのだろうか。
実は現在の日本酒は、全酒類市場での国内消費シェアが4.6%にすぎないという苦境を迎えている。この状況にどう立ち向かえばいいのか。山梨銘醸ひいては日本酒業界の今後の在り方について、今回は13代蔵元に就任後も挑戦を続ける北原対馬さんに話をうかがった。
1.老舗酒蔵「七賢」と、その継承・革新に奔走した日々
「七賢」の始まりは、信州高遠で代々酒造業を営んでいた北原家から分家した、初代・北原伊兵衛が白州の水に惚れこんだことから。甲斐駒ヶ岳の花崗岩によって適度にミネラルを含んだ天然水は、角のない優しい口当たりで、決して人の手では作り出せない唯一無二のものだ。
そんな白州の水の魅力を最大限に活かせるよう、一貫して水を中心に据えた酒造りを300年近く継続してきた七賢。仕込み水は醸造蔵内から湧き出る天然水をそのまま使用し、搾った酒はすぐに瓶詰めすることで、瑞々しさと吟醸香を堪能できる酒を実現している。

そんな老舗酒蔵の13代目にいずれなると感じながら育ってきた北原対馬さんも、後継者としてただ順風満帆に歩んできたわけではない。
日本では2000年頃から「日本酒離れ」の風潮が加速。大学卒業後の3年間は日本酒・焼酎の卸業の営業職として渡米していたため知らなかったが、日本酒離れの影響は山梨銘醸の業績にも着実に影を落としていた。25歳で家業に入って初めて知った経営状態は非常に厳しく、従業員たちも意気消沈していたのだ。
継承、そして革新に向けて北原さんは奮起する。その後5年間は生産開発を担う弟さんと協力し、少しずつ「継承と革新」を進める日々が続いた。当時の経験から、毎年少人数の採用で成長率110%ほどを狙うなど、現在の着実な経営姿勢が育まれた。
2014年には「七賢」ブランド戦略を導入し、ラベルデザインや商品ラインナップの刷新。自然由来の甘味料「糀糖」や、炭酸を使わず瓶の中で発酵させるスパークリング日本酒など、その後も新商品を生み出し続けている。
2.令和の米騒動が転機に。米作りの背景にあったテロワール的思想
躍進を続ける山梨銘醸だが、新たな歩みも進めている。近年では日本酒製造だけでなく、原料となる「米作り」に力を入れていることもその一つだ。
七賢の酒造りの中心にある白州の水。その水を守っていく同志である北杜市の地元農家と連携し、高品質な酒米の栽培に取り組んでいる。ではなぜ、酒蔵である七賢が米作りに注力するのだろうか。

「水稲栽培農家の高齢化や後継者不足が叫ばれて久しいのは、みなさまご存知の通り。そんな中、数年前に起きた令和の米騒動です。これが、私たちの米作りに対する想いを加速させる決定的な動機となりました」
2024年夏、猛暑による不作で5キロあたり4,000円を超えるなどの価格高騰が起き、ついには店頭から米が消える事態まで発生した。政府による「古古米」などの備蓄米の流通処置も記憶に新しいが、このことが転機をもたらした。
「令和の米騒動の際、米価が乱高下する事態になった影響で、酒米の調達に苦しみました。ただでさえ厳しい稲作の現状で、日本の米生産量に占める酒米の割合は1%ほどに過ぎず、量がそもそも少ないんです。であれば、事業の安定性という観点から、自らも生産に動くべきではないかと。さらに言えば、米を第一主原料とする日本酒醸造業を営む者として、生産に携わる責任もあるんじゃないかと考えるに至ったわけです」

「また、米作りに力を入れるもう一つ大きな目的は、付加価値を持った日本酒を製造・販売できることです。フランスのワイン業界の表現にある『テロワール』的思想にしたがって、日本酒の価値を高めようと。米の育つ田んぼや水質、その年度の天候、そして作る人の歴史や営みがどんなものかによって、収穫できる原料米も変わる。酒蔵が自らこだわりを持った米作りを行えば、日本酒の個性や特色のアピールにも繋がっていくはずです」
酒米のみならず食用米も視野に、いずれは100haほどの広さで生産したいという大きな目標を語る北原さん。注目すべきは、「フランスのワイン文化」を日本酒業界にも活かせないかと着目されている点だ。この一貫した意識こそが、さらなる新事業の誕生につながっていく。
3.オーベルジュに学び生まれた、地域再生の礎となる至高の宿
米作りに続いて山梨銘醸が踏み出したのは、新たな滞在の形を提案する宿泊業だ。2026年6月1日、七賢が掲げる本質を形にした宿場「esoto」を新たに開業した。白州の水がもたらす恵みと七賢が紡いできた醸造の歩み、そして思い描く未来の姿を五感で味わえる、一棟貸しの宿泊施設だ。

「フランスのボルドーやブルゴーニュでは、高品質のワインを製造し、それに見合った高単価での販売が成功しています。醸造酒業界として目指さなくてはならない一つの姿が、そこにはあります。彼らは美味しいワインを作るにとどまらず、オーベルジュにて食とワインのペアリングを日々探求し、体験価値を高めています。本丸であるワインの製造・販売事業の底上げになっていることは間違いありません。ワインと日本酒の違いはあれど、私たち山梨銘醸もその領域へ踏み出すフェーズに入ったと感じています」
宿泊施設を備え、新鮮な地元食材を使ったフランス料理とワインを楽しめるレストランを指す「オーベルジュ」。同じ醸造酒を扱い、フランスと同様に世界的評価を集める食文化を持つ日本の醸造業として、ワイン文化は参考にすべき成功例だ。
ただし、それだけが「esoto」開業の意義や動機ではないことを北原さんは付言する。
「元々、白州は江戸時代から続く甲州街道沿いの宿場でした。ですが、当時は台ヶ原宿に15軒ほどあった旅館が、今では1つもなくなってしまった。大切な地域の井戸水を使わせてもらう企業として、地域再生の一翼を担う社会的責務があるというのも動機です」

本来の宿場町としての機能を果たす。それは地域再生という大命題と同時に、日本酒との相乗効果を生むはずだ。もっとも、「体験価値を高める宿泊施設」と大きな方向性を決めても、具体的な事業設計の判断は容易ではなく紆余曲折があった。
「着手から完成まで2年半を要したわけですが、道中で実は2回の方針転換をしました。甲州街道台ヶ原の地で醸し続けてきた酒蔵が営む宿泊施設として、はたしてどんな形がふさわしいのか。最終的に今の形に決断した大きな要因は、2025年9月に開催された世界最大規模のワイン品評会『IWC(インターナショナルワインチャレンジ)』で“チャンピオン・サケ”を受賞したことです。チャンピオンブランドが営む宿泊施設としてふさわしい姿は、やはり一流の酒だけではなく、本物の懐石料理、一級の設備やサービスが備わった宿であろうと。出来上がった姿は、きっとお客様にご満足していただけるTop of the topの設えになったと自負しています」
至高の日本酒と料理、そして白州に息づく自然に触れ合える宿「esoto」。都会の喧騒から離れ、自分自身と向き合える穏やかな空間が生まれた。七賢の継承と発展に寄与する事業になるに違いない。
4.事業の可能性を広げるヒントは、業界の再解釈
国内の日本酒消費量は1973年を境に53年右肩下がりを続け、現在は73年の22〜23%ほどの水準に留まっている。さらに、日本固有の酒類にもかかわらず、日本のアルコール市場全体において日本酒の占める割合は、なんと4.6%にすぎない。
この現実を前にしても、七賢の蔵元である北原さんの目は前向きに未来を見据えている。
「老舗酒蔵の13代目として生まれた私にとって、日本酒業界の現状は非常にもどかしいものがあります。このような状況で、果たして日本酒は『国酒』として後世に継承していけるのだろうか。現状を踏まえ今後取り組まなくてはいけないのは、質の向上だけでなく『量』の拡大だと考えています。つまり、『国酒』を『国際酒』へ拡げていくこと。ワインを取り巻く環境を参考に、米作りや宿泊業などで潜在価値を引き出し、日本酒をまだ飲んだことのない海外の方にも日本酒を飲んでいただきたい」

この一節だけを聞くと、国内消費については留保しているように思えるかもしれないが、それは全くの誤解だ。北原さんは力強くこう続ける。
「日本の蔵元として、まずは国内の方々に日本酒をたくさん飲んでほしい、というのは大前提です。この信念がブレることは絶対にありません。ワインなど本国以外でも成功したお酒はおしなべて、本国で愛されてきたからこそ、その後押しもあって評価されていったものばかりです。また、国内においても、すべての年代・性別の方々に興味を持ってもらいたい。『若者のお酒離れ』という風潮にフォーカスしがちですが、本質はそうではないと思います。実は、以前は日本酒のコアユーザーであったミドル層の消費量も随分落ちている。スパークリング日本酒などをきっかけに、いずれは私たちの誇る純米大吟醸も召し上がっていただきたいですね」

自身が経営の一線から退くであろう2050年頃までの長期ビジョンを描きながら、日々挑戦を続けている北原さん。その発想はどのような視座のもとで生まれてくるのか、最後は落ち着いて語ってくれた。
「人生は一回きりですよね。託されたバトンを次代に渡せるよう、自社ひいては日本酒業界の繁栄のために私も精一杯尽力していきたい。そのために重要なのは、自社の事業を『どのような業界の事業』として解釈できるかだと考えています。私たち日本酒醸造業も、旧態依然とした体質で既存のお客様に向けてだけ事業に取り組んでいては、いずれ頭打ちになってしまう。たとえば、一歩引いてアルコール業界の一員と捉えれば、ワインやシャンパンのユーザーにもアプローチしていけます。もしくは、広い意味でエンタメ業界の一員と捉えれば、宿泊事業者のコンペティターにだってなりうるかもしれません。つまり、従業員みんなで『自社をどう再定義できるか』を模索することが、新たな顧客にリーチできるかの分水嶺になるんです」
北原さんが日本酒業界から見据える可能性は、まだまだ底が見えない。その一方で、あくまでも後継者にいかに良い形でバトンを渡すかを重んじる姿勢には、新鮮な驚きと妙な納得があった。多様な意見に耳を傾けながらも、決断したプランについてはときに批判を受けても実行し続ける覚悟。北原対馬さん率いる山梨銘醸が見せてくれる日本酒業界の未来が待ち遠しい。
企業情報
山梨銘醸株式会社
山梨県北杜市白州町台ヶ原2283
公式HP:https://www.sake-shichiken.co.jp/
代表取締役社長 北原対馬(きたはらつしま)
山梨県北杜市出身。2004年に青山学院大学を卒業後、渡米しPacific International Liquor, Inc.にて3年間勤務。2007年からは家業の山梨銘醸株式会社に入社し、業績回復に尽力する。2018年に代表取締役社長(13代目蔵元)に就任以降も、七賢の国内外へのブランディングや、スパークリング日本酒の開発など「継承と革新」を重んじた経営に邁進している。


