スポット  |    2026.11.02

【ライター移住体験】通年人口2人の市野々集落へ|建築家の永田さんが営む古民家宿「宿屋 堂道」

新潟県糸魚川市で移住体験をしたときのこと。市役所のスタッフHさんの車に揺られること20〜30分ほどで、市野々(いちのの)集落に連れて行ってもらいました。バスや電車が通っていないため、車でなければたどり着けない場所です。

この集落にあるのが、古民家をまるごと貸し切れるお宿「宿屋 堂道」です。今回は、春の市野々集落の風景と、建築家で地域おこし協力隊として糸魚川市にやってきた永田さんが営むお宿の魅力をご紹介します。

通年人口は2人。糸魚川市の山あいにある市野々集落

車の中でHさんが教えてくれた市野々集落の特徴は、次のようなものでした。

  • 糸魚川市のなかでも、とくに山奥に位置する集落
  • 冬には驚くほど雪が積もる
  • まちなかや駅周辺とのアクセスがよくない

かつては多くの人が暮らしていた集落ですが、現在の通年人口は1世帯2人。冬になると、集落の外にもうひとつの住まいを持つ方の多くがそちらへ移るのだそうです。道中では、気候のことや野生動物のことなど、山での暮らしにまつわる話をたくさん聞かせてもらいました。

関東で生まれ育ったわたしにとって、糸魚川市での毎日はすでに驚きの連続でした。クマと鉢合わせしないための心得や、部屋に入ってくるカメムシへの対処、初めて使う灯油ストーブの扱いなど、知らないことばかりだったのです。火の元や換気にも神経質になり、地震でストーブが倒れたらどうしようと心配したこともありました。

都市部では当たり前のバスや電車、すぐ近くのお店がない山あいの暮らしは、当たり前だと思っていたインフラから離れて暮らすことでもあります。だからこそ、市街地を離れた集落での生活がどんなものなのか、訪れる前は想像もつきませんでした。

湧き水とふきのとう。春の市野々集落で出会った自然

ここからは、2026年4月ごろに撮影した春の市野々集落の写真とともにご紹介します。お宿から車ですぐの湧水スポットは、水底の石や水草がくっきりと見えるほど水が澄んでいました。

市野々集落の湧水スポット。杉林と青空を映す池と澄んだ湧き水の流れ
杉林と青空を映す湧水スポット。手前の流れも底まで透きとおっています。

市野々集落の湧き水は、酒蔵の仕込み水にもなるほど澄んだ水として知られています。わたしもその場で湧き水を飲ませてもらい、晩ごはん用にとふきのとうまでいただきました。湧き水を飲むのも、ふきのとうを摘みたてでいただくのも、人生で初めての体験です。

湧水スポットのそばで手に持ったふきのとう
湧水スポットのそばでいただいたふきのとう。春の山の恵みです。

観光地をめぐるだけでは出会えない、土地の暮らしに根ざした体験ができるのが市野々集落の魅力です。たった半日の滞在でしたが、これまで機会がなくて逃してきた体験を一度に2つも味わい、世界がぐっと広がったように感じました。

案内してくれた永田さんは、「市野々、めっちゃいいところなんですよ」と話していました。とても短い一言ですが、実際に湧き水を口にし、ふきのとうを手にしたあとでは、その言葉の重みがよくわかります。永田さんもはじめてこの集落を訪れた日に、同じように心が動いたのではないでしょうか。

建築家の永田さんが「一村貸し」の宿を始めた理由

宿屋 堂道を運営するのは、株式会社伝燈の代表・永田伊吹さんです。建築家でもある永田さんは、2023年に地域おこし協力隊として糸魚川市に移住しました。以前は東京都内の設計事務所で働いていて、地域のためにと建物をつくっても、完成後は手がけた側が離れてしまう現実を見てきたといいます。

道の駅や公共施設をがんばってつくっても、結局は管理や運営の面で「地域の負担」になってしまうことがある。そうした経験から、永田さんは集落の貴重な建物や暮らしを残していくための方法として、集落をまるごと体験してもらう「一村貸し」を考えたのだそうです。

「地域のために何かしたい」という気持ちが、かえって相手の負担になってしまうことは、どんな分野にもありそうです。たとえば、地方ですてきなカフェを見つけて「もっと発信してお客さんを呼んであげたい」と思ったとしましょう。けれど、お店側には別の事情があるかもしれません。

  • 発信の必要は感じていても、自分ではできず、プロに頼む予算もない
  • お客さんが急に増えると今のスタッフでは手が回らず、心身に負担がかかってしまう
  • 常連さんとの今の距離感を、大切にしたいと考えている

よかれと思った応援が、相手のペースや事情を置き去りにしてしまうこともあるのです。集落の暮らしに寄り添いながら、無理なく続く形を探す永田さんの考え方には、地域との関わり方を見直すヒントがあると感じました。

古民家をまるごと貸し切る「宿屋 堂道」の過ごし方

宿屋 堂道は、2026年1月に開業した築200年以上の古民家を使った1日1組限定のお宿です。地元の案内役とともに、季節ごとに表情を変える集落の風景や暮らしにふれられます。

宿屋 堂道の囲炉裏のある広い板の間
囲炉裏のある広い板の間。古民家ならではの太い梁と建具が残されています。

市野々集落には、酒造りにも使われる湧き水や、囲炉裏を中心とした暮らし、味噌づくり、お祭りといった昔ながらの文化が残っています。宿屋 堂道の魅力は、大きく分けて次の3つです。

  • 市野々集落をまるごと体験できる「一村貸し」
  • 手を入れた古民家を1組で贅沢に貸し切れる滞在
  • 市野々や糸魚川のおいしい食材

広い古民家を自由に使いながら、きれいな空気とおいしい食材、静かな時間をたっぷり味わえます。移住を考えている方にとっては、山あいの集落での暮らしを肌で感じる機会にもなりそうです。

観光で動き回るだけでなく、リトリートのように「宿での滞在そのものを目的にした旅」にも向いています。たとえば、読みたい本をかばんに詰めて、日常を忘れて読書に没頭する「読書泊」にもぴったりです。

普段はスマートフォンの通知や家事、翌日の予定が気になって、なかなか本に集中できない方も多いのではないでしょうか。カフェだと読書が捗るように、場所を変えると気持ちも切り替わります。在宅ワークの人が、自宅ではなくシェアオフィスで仕事をはかどらせるのと似ているかもしれません。

電車もバスも通らない集落の古民家なら、まわりを気にせず心ゆくまで本の世界に浸れそうです。囲炉裏のある板の間で、窓の外の緑を眺めながらページをめくる。そんな贅沢な時間を過ごせるのも、1日1組限定のお宿ならではです。

施設名宿屋 堂道(どうみち)
所在地新潟県糸魚川市 市野々792
建物築200年以上の古民家
宿泊形式1日1組限定(集落をまるごと体験する「一村貸し」)
開業2026年1月
運営株式会社伝燈

通年人口2人の小さな集落にも、澄んだ湧き水や季節の恵み、受け継がれてきた暮らしがあります。糸魚川市を訪れる機会があれば、「宿屋 堂道」で市野々集落の時間を体験してみてはいかがでしょうか。

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この記事を書いた人

東 莉央

2000年生まれ。紀伊國屋書店での勤務を経て、ライター・書評家として独立。 Webマーケティングやリブランディング、動画編集、SNS運用などのスキルももち、2026年より過疎地域を中心とした行政との町おこしを開始。 地域創生に興味を持ち、文化や歴史など、形ないものに付加価値を与えるプロとして活動をしている。

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